弁護士の肖像:2015年1月号 Vol.43

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

日本のリーガルサービスを牽引する、著名な弁護士の素顔や仕事観・人生観をご紹介。

Human History

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弁護士法人法律事務所オーセンス
 代表弁護士
 弁護士ドットコム株式会社
 代表取締役社長兼CEO 弁護士 元榮 太一郎

「人と違うこと」をするのが楽しい。早かった自我の芽生え

2014年12月11日。法律相談の大手ポータルサイト『弁護士ドットコム』は東京証券取引所マザーズ市場に上場し、新たなステージに立った。創業者は、その3日後に39歳となった元榮太一郎(もとえ・たいちろう)。弁護士が創業社長として初めて東証マザーズ上場を果たしたとあって、多くのメディアが華々しく取り上げた。しかしながら、その道のりは決して平坦だったわけではない。当初は「インターネットで弁護士と依頼者をつなげる」ことの理解がなかなか進まず、登録者数が増えない、赤字経営が続くなど、困難な時期もあった。それでも曇りなく走ってきたのは、このサービスが「間違いなく世の中のためになる、必ず必要とされる時代が来る」という確信があったからだ。元榮は今、弁護士が事業創造に、そして新しい価値創造にかかわる時代を切り拓きつつある。 電機メーカーに勤めていた父の赴任先、イリノイ州で生まれたのですが、3歳までしかいなかったので、記憶はほとんどないんですよ。親からアメリカ国籍を持っていると聞かされ、「自分のルーツは〝外〞にもあるんだ」と思う程度の話で。 神奈川県藤沢市に戻ってから、再び転勤となった父に伴い、家族でドイツのデュッセルドルフに移住したのが中学2年の時。さすがに物事がわかる年齢でしたから、異なる生活や文化圏に身を置くことで、「外から日本を見た」という感覚はありました。日本の当たり前は、異国では当たり前じゃない。常識をいったん疑うという私の習性は、早くに海外に触れたことが影響しているのだと思います。 ただ、私が暮らしたのは1年半。日本で通っていた中学校がすごく楽しかったし、小4から熱中していたサッカー漬けの日々や仲間が恋しくて……「一人でもいいから、先に日本に帰る」と親に談判し、卒業を機に、本当に単身帰国したんです。両親が心配して止めるのにもかかわらず。今考えるととてもわがままをしたと反省しています。 私の〝独自路線〞が出てきたのは、この頃からでしょうか(笑)。もともと住んでいた団地ではありましたが、高校生の独り暮らしは珍しいですよね。人と違う生き方をするのが、何だか楽しくなってきたのです。通っていたのは神奈川県立の湘南高校で、進学校なのに、私は学業そっちのけでサッカーとバイトに明け暮れる日々。新聞配達、コンビニ店員、カラオケスナックのホール兼厨房など、いろいろ自由にやっていましたねぇ。当時のサッカー部の顧問でもあった担任にしてみれば、まず私が弁護士になったことに驚いているでしょうし、会えば、「弁護士になるとは夢にも思わなかった」という一言がまず出るでしょうね、きっと(笑)。 勤め人にはなりたくなかった。「今も昔も父を尊敬していますが」と前置きしたうえで、元榮は「会社員は自分らしさを発揮しにくいように見えたから」と言う。漠然と抱いていた職業イメージは、サッカー選手か医者か弁護士、つまり自由業である。 サッカーでプロになるのはさすがに無理だろうと思っていたし、私は血に弱いので医者も無理。そんなことを考え始めた頃、ちょうどテレビで『都会の森』という法廷ドラマをやっていて、高嶋政伸さんが扮する主人公の弁護士が熱血でカッコよかった。最終的な決断は未来の自分に委ねるとして、「弁護士は魅力的な仕事かもしれない」くらいの気持ちで法学部を選んだのです。加えて、ずっと公立だったから私立に対する憧れがあり、慶應がいいと。 とはいえ、私は高3の冬までサッカー部の現役を続行し、サッカー選手権大会に臨んでいたので、受験勉強のスタートが遅かった。結果はベスト16で敗退し、涙を呑んだのですが……。敗退を機にサッカー部を引退したのが高3の10月中旬。もう勉強期間もないし、浪人覚悟で試しに予備校に行ってみたところ、一日中座っているわけでしょう。走り回っていた私にとっては、とてもつまらない。浪人して、あと1年これを続けたら自分がダメになると思ったら、「絶対に受かりたい」というボルテージが一気に上がったわけです。 3カ月の猛勉強で、意中の慶應義塾大学に合格することができました。この時の成功体験のようなものは大きいです。実は、その後の司法試験もそうなのですが、一度没頭すると、私は熱量が高いのか、しつこく粘って必ず目標を実現させるんですね。火事場の底力ではないですが、自分の、人間の可能性というものを信じられる契機になりました。この大学受験を通じ、自分にはそれなりの目標達成力がありそうだと思えたことで、「これからはもっと丁寧に生きよう」、そう決めたのです。

勤務弁護士時代に生まれた事業アイデア。はやる気持ちで起業へ

慶應義塾大学に進学してから、元榮は迷わず体育会サッカー部に入部するが、待っていたのは挫折だった。高校時代は主力として活躍していたのにもかかわらず、サッカー有名校から集まった選手層は厚く、居場所は「3軍」。大学2年の時、11年間続けてきたサッカー生活にピリオドを打ったが、この時ばかりはさすがの元榮も「へこんだ」。 子供の頃から、毎日サッカーの練習をするのが当たり前の生活だったのに、それをやめるという選択が正しいのだろうか……。「どちらの道が正解かを選ぶのではない。選んだ道を正解にするのが人生だ」と自分に言い聞かせてはいましたが、やはり屈辱というか、挫折感は大きかったですね。 人と違った〝場数〞を踏もうと、またバイトに精を出す日々。目いっぱい世の中を知る経験をしたくて、家庭教師の契約を獲得する営業をしたり、ディスコで働いたり。ずっとサッカーを続けてきたから、時間が空くと自分に負荷をかけないと気が済まないんです。現状維持は衰退の始まり。そんな感覚があるので、わずかでも余裕ができたら、自分をさらに追い込むんです。 「このサービスはもうダメだ」―――立ち上げメンバーたちも次第に士気が下がっていった。しかし元榮は、猛烈に働き、法律事務所で得た資金を弁護士ドットコムに補填しながら耐え続けた。つぎ込んだ額は、億単位に及ぶ。「途中に迷いはなかったのか」の問に、「一度もない」。元榮はそう明言する。 情けない気持ちはありましたよかつては東京タワーが見える個室で仕事をしていたのにしばらくは宅弁で事務員はおらず事務所あての電話を携帯に転送して受ける”ケータイ弁”でした。蓄えも底をついた。グローバル企業ばかりを相手にしていたのが顧問先一社を獲得するのに苦労する大手事務所の看板あっての自分であったことを思い知らされました。 それでも弁護士大増員を見据え「必ず依頼者が弁護士を選ぶ時代になるその時のために両者がよりよくつながる場所を創ておこう」という気持ちは決して揺らぎませんでした。 弁護士としての私を信頼し顧問先を紹介して応援してくださった社長さんたちそして何より支えになったのはサイト利用者からの感謝メールです。 「このサイトがあたから弁護士さんと出会えて救われた」あるいは「弁護士ドットコムのおかげで独立できた」という弁護士の声今は規模が小さくてもこれから絶対にもっと多くの人の役に立てると本当にエネルギーをもらいました。 ターニングポイントになったのは弁護士数が3万人を超えた11年頃です弁護士マーケティング市場がようやく盛り上がる兆しを見せ始めた。 さらにサイトへの登録弁護士の数が加速度的に増え12年春にはサイト訪問者数も月間100万人を超えましたWebの世界で事業として成り立つユーザ規模になったのです。 創業以来実質連続赤字の末待ちに待た時節到来でした。 ここがアクセルタイムと創業してから初めて外部出資を受け入れました。新興企業の育成に実績を持つデジタルガレージから第三者割当増資で1億円を資金調達し、次いで『食べログ』のカカクコム、大前研一さんにも株主として入ていただきました。また久保利英明先生はじめ諸先輩方にも顧問に就任いただいています。応援団形成です。社外取締役も招いてボードメンバーを整え経営指導を受けながら事業サービス内容をブラッシュアップしていったのです。 満を持して「登録弁護士向け有料プラン」を出したのが13年8月弁護士プロフィールのなかに注力分野の特設ページを設置するものでこの利用が順調に伸びたことが大きかったですね。そして法律相談Q&Aのデータベースをモバイル端末から閲覧する際のユーザ課金、一般ユーザ向けの広告という3つの収益モデルで業績は大きく黒字化し、東証マザーズから上場承認をいただいたという経緯です。 (以下略) 続きをご覧になりたい方は、バックナンバーをお取り寄せ下さい。すでに在庫がない号もありますので、予めご了承下さい。

■プロフィール

  • 弁護士法人法律事務所オーセンス 代表弁護士
  • 弁護士ドットコム株式会社 代表取締役社長兼CEO弁護士
  • 元榮 太一郎
  • 1975年12月14日 米国イリノイ州生まれ
  • 1998年3月 慶應義塾大学 法学部法律学科卒業
  • 1999年10月 司法試験合格
  • 2001年10月 司法修習修了 弁護士登録(第二東京弁護士会・54期)
  • アンダーソン・毛利法律事務所(現アンダーソン・毛利・友常法律事務所)入所
  • 2005年1月 元榮法律事務所(現弁護士法人法律事務所オーセンス)開設
  • オーセンスグループ株式会社(現弁護士ドットコム株式会社)設立
  • 2014年12月 弁護士ドットコム株式会社が東京証券取引所マザーズ市場に上場