Vol.76-77
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BtoCからBtoBへの戦略的大転換に挑む同社。商業印刷、ネットワークカメラ、メディカル、産業機器の4つが新規事業領域。その挑戦を加速化させるのが法務統括センターだ

BtoCからBtoBへの戦略的大転換に挑む同社。商業印刷、ネットワークカメラ、メディカル、産業機器の4つが新規事業領域。その挑戦を加速化させるのが法務統括センターだ

THE LEGAL DEPARTMENT

#108

キヤノン株式会社 法務統括センター

数百社を束ねる本社法務の役割は、経営戦略を理解したマネジメント

経営に貢献するために法務部門はある

「弊社はオプティクス(光学)とイメージングプロセス(画像処理)を組み合わせた多様なビジネスを推進する企業です」

キヤノン株式会社の法務統括センター所長の田井中伸介氏に、「現在のキヤノン株式会社の事業をひと言で表すと?」と質問をしたところ、この答えが返ってきた。

「この2つの組み合わせで弊社の事業は成り立っているといえるでしょう。レンズの用途は幅広く、カメラや複写機、半導体露光装置などにも使われています。また、プリンターやネットワークカメラなどをはじめ、様々な画像処理の技術を活用している製品が多く存在しています」

現在、カメラや複合機などの既存事業に加え、「産業機器」「商業印刷」「ネットワークカメラ」「メディカル」の4つの新規事業を推進し、構造改革を実施している。

連結子会社は341社(2021年3月末時点)にのぼる。その法務機能を統括するのが、“CEO直轄”組織として本社内に設置された法務統括センターだ。

法務統括センターに所属する人員は約60名(国内外のグループ会社への出向者を含む)。キヤノングループの規模から考えれば、まさに少数精鋭といえるだろう。

「機能としては、統制・ガバナンスとリーガルサービスの大きく2つを有しています。統制・ガバナンスは、取締役会、株主総会の運営、コンプライアンスを中心とした内部統制システムに関する業務です。リーガルサービスは、契約書のレビューや作成、契約交渉、訴訟対応、社内における研修や法務相談のアドバイスを担います」と語る田井中氏。なお、資格や法律事務所での勤務経験はさほど重視しないため、インハウスローヤーの数は多くはないそうだ。

「法務部員として最も必要な要素は、経営に貢献すること。事業や社内業務に精通し、適切な提案ができてこそ存在価値がある。法的な検討を経て、最終的に決断を下すのは事業部や経営者です。そこに貢献できるか否かがすべて。専門的な案件などは外部の弁護士と役割を分担しますので、資格や法律事務所での勤務経験にはこだわっていません。資格があればなおよしといった感じでしょうか」

同社の法務部門には、新卒入社のプロパー、専門職として中途入社した社員のほか、他部門での勤務経験を有する社員も在籍しているという。同社では、社内の知見共有を目的とした他部門への“研修異動”を実施しているからだ。

「私が法務統括センターの所長に着任した頃から、2~3年の期限付きで法務部員に他部門の仕事を経験させています。逆に、様々な業務に精通した他部門の人員を同様に法務部門に受け入れることで、法務での仕事で得た知見を現場でも生かしてもらえればと。そのような他部門のメンバーとの“交ぜ合わせ”は、法務部員にとって会社全体の業務フローや開発現場のことなどを体感できるよい機会となっています」

法務部員にとっても他部門にとっても、お互いの業務を経験することで得られる付加価値は大きい。ただし、研修異動に際しては、本人の意向を重視する。同社におけるキャリアパスや、身につけたいスキルなどについてあらかじめ話し合い、他部門への研修異動を希望する場合は、一定程度の準備期間を経てから送り出す。リスクマネジメントを担当する小野順平課長も、かつて2年間の期限付きで人事部門の業務を経験している。

「人事制度の見直しや出向・トレーニーなどの業務を担当しました。当然ながら当該分野については、自分よりも年次が下の社員の方が仕事ができるので、正直落ち込んだこともありました。そうしたなかで、法務で培った論理的思考力を核に、どうしたら人事部門に貢献できるかを考え、仕事に取り組みました。人事部門への研修異動で得た知見は、今の仕事にも非常に役立っています」

  • キヤノン株式会社
    同社の技術力は、カメラ、複合機はもちろん、F P D露光装置や半導体露光装置などの産業機器、X線撮影装置といったメディカルシステムなどにも応用され、多様な事業領域を展開している
  • キヤノン株式会社
  • キヤノン株式会社

戦略を実現するためのグループマネジメント

先述のとおり同社は非常に多くのグループ企業を有する。販売会社、メディカル事業などを行う“自主事業会社”の法務業務については、各社に在籍する法務部員に多くの部分を任せている。

「法務統括センターの役割は、グループ全体にまたがる法務戦略の企画や設計、発信となります。その方針は当センターで決定しますが、具体的な法務業務の実施方法は各社の文化や手法を尊重しています。私たちが果たすべきは、本社やグループ会社の経営者の意志を理解し、現場の法務部員がスムーズに仕事ができるよう調整していくことだと認識しています」と、田井中氏。

なお、海外の販売会社の法務部門には、現地法の弁護士資格者が所属する。ロンドンや北京などにある販売会社には、本社法務部員がマネジメントのために出向し、各社の経営者の意向を実務へ落とし込み、現地の専門家集団をまとめあげる力が求められるという。部長の鶴家隆史氏も、海外に計約10年赴任し、複数の海外グループ会社において現地の法務部門を指揮してきた。

「キヤノン中国では、経営者の直下で業務にあたりました。言語も現地法にもなじみがないなか、経営者からは毎日のように経営に関する相談がありました。赴任当初は私自身が法律論に終始してしまい、経営者の理解や納得をなかなか得られないといったことも……。経営者とスムーズに意思疎通を図るには、現地社員と上手にコミュニケーションをとり、特にそのなかのキーマンの助けを借りることが大切です。しかし中国は労働力が流動的で、社員がすぐ辞めてしまうということもありました。そうした状況下で、待遇について試行錯誤したことや、様々な奮闘をしながら、徐々に経営者とコミュニケーションを深め、『経営者の意志を実現するために法務として何ができるか』を学べたことは、よい経験となりました。その時に身につけた思考力・発想力は、今の仕事にも生きています」

  • キヤノン株式会社
    キヤノン本社(東京都大田区下丸子)。研究開発部門、本社管理部門、事業本部などを置く
  • キヤノン株式会社
    敷地内には、春になると満開の桜が楽しめる並木道もある

数十年後に活躍できる力を獲得するための能力開発

さて、法務統括センターには出産・育児、介護など多様なライフステージを迎えた社員も在籍する。「そうした社員も、十分通用するのが法務の仕事だと思う」と、田井中氏。

「法務業務を担うための知見や思考能力は数年程度では衰えません。時短勤務や、育児・介護などに関する各種休暇制度を活用しながら、キャリア継続の意欲を持ち続けてほしいですね」(田井中氏)

また、法務部員としてのキャリアアップについては「個々人の希望や目標を応援したい」とも。実際に小野課長は、業務の傍ら、カリフォルニア州弁護士資格を取得している。

「いつか米国企業のゼネラルカウンセルのような役割を果たすという目標があります。そのために必要な専門性や視野について常に考えながら仕事をしています。また、近年はコンプライアンスやリスクマネジメントにとどまらず、サステナビリティなど幅広い観点で、責任ある企業行動が求められるようになりました。経営トップから意見を求められた際には法務部員として、“キヤノンとして取るべき方策”を具体的に提言できる存在になりたいですね」(小野氏)

最後に、“今後の法務のあり方”を、田井中氏に聞いた。

「法務統括センターの取り組みでいえば、新卒入社の場合、最初の10年間で少なくとも3分野の業務を担当してもらいます。訴訟と契約などの業務を兼務させる試みも始めています。今後、新たな時代に通用する設計力や企画力が法務にも問われていくようになるでしょう。法務の専門知識はもちろん、経営側の意志や現場に伴走できる“業務を設計する力”を、皆で高めていきたいと考えます」

※取材に際しては撮影時のみマスクを外していただきました。

キヤノン株式会社
法務統括センターでは、定期的なミーティングを行っている。新型コロナ禍の現在は、オンラインミーティングが主となる(取材当日は、若手メンバーに特別に参集いただいた)