Vol.80
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PIONEERS

地震・津波防災と、被災者の支援活動をライフワークとして。命の大切さに向き合い、市民に寄り添い続ける、“防災弁護士”

永野 海

中央法律事務所
弁護士・防災士

#34

The One Revolution 新・開拓者たち~ある弁護士の挑戦~

地震や津波により、多くの犠牲者を出した東日本大震災から11年。発災直後から、被災地での法律相談や被災者向け無料電話相談、現地視察・調査などに力を尽くした方も多いだろう。今なお復興に向けた支援活動が続けられる一方、いつどこで起きるかわからない大規模自然災害に備え、防災支援に全力で取り組む弁護士がいる。それが“防災弁護士”と呼ばれる永野海弁護士だ。自ら発案した「津波避難すごろく」を用いて小学校で授業を行うなど、年間50回以上、津波防災などに関する講演活動を行う。本業と並行して、防災支援活動に東奔西走する永野弁護士は、自身の活動領域をどのように確立してきたのか――。

子どもたちの命を守るために

防災支援活動に取り組むようになったのは、東日本大震災発生から間もない時期に、静岡県弁護士会から派遣されて、避難所や仮設住宅で法律相談を行ったことがきっかけです。福島県・南相馬で法律相談を続けるうち、被災地からもっと学ぶ必要があると感じ、休みのたびに宮城県や岩手県の被災地を自分の目で見て回りました。当時、息子が小学生だったこともあり、甚大な津波被害に見舞われた大川小学校(石巻市)を訪れた時に、“語り部活動”に参加。津波で子どもを亡くされたご遺族の方々の話があまりにも強く心に響き、涙が止まりませんでした。津波などの災害から子どもたちの命を絶対に守らなければいけない。僕が現地で知って学んだことを多くの人々に正しく伝えなくてはいけない。特に、僕が暮らす静岡県は、南海トラフ地震の危険エリアとされています。自分の力で何がどこまでできるかわからないけれど、残りの人生をこの活動に捧げようと、その時決意したのです。

伝えることと伝わることが大切

とはいえ、被災者支援はともかく、防災支援は本来、弁護士の仕事ではありません。当初は「なぜ弁護士が防災?」と聞かれることも少なくありませんでした。津波裁判の記録や関係者の話、専門家の論文や講演、フィールドワークなどをとおして、地震や津波のメカニズムをひたすら学び、それを基にした講演などを地道に続けるなかで、地元の新聞社やテレビ・ラジオ局から“防災”に関する記事や番組への協力依頼も来るようになりました。たとえば、静岡新聞が“東日本大震災から10年の連載特集”を組む際、企画段階から声をかけてもらい、「子どもたちの命を津波から守るには」というテーマで記者と一緒に1週間かけて東北地方の各地を回りました。僕の活動が認めてもらえたのかなと思うと、嬉しかったですね。

一方で、肝心の子どもが参加する講演会の機会はそれほどありません。仮にあっても、一度きりの講演で、子どもたちに“津波避難力”が身につくのか疑問もありました。そこで自作したのが、津波避難を疑似体験する「津波避難すごろく(津波避難シミュレーションゲーム)」です。まず内閣官房関係のイベントでお披露目して、その後「これはいい」と口コミで広がり、津波被害を受けた気仙小学校(陸前高田市)で授業をさせてもらうまでに。結果、同小学校は授業での継続的な実施を決めてくださり、岩手県のほかの小学校への展開も決定しました。

「津波避難すごろく」の前に、生活・住宅再建に役立つ制度が一目でわかる「被災者生活再建カード」などのツールも考案・提供しています。被災地での法律相談は、“情報提供”の場だと思っています。弁護士が主体となって「これはご存知ですか?」「これは申請しましたか?」と情報提供すれば、「ああ、そういえば」と、相手も相談事を思いついて話してくれるようになる。だからまずは情報提供(伝えること)が大切。そして、いかにして伝えるかも大切。僕は本業でも、裁判文書に写真や表を入れたり、工夫するのは当たり前だと思っているし、そうした工夫が好きなのです。楽しく学べる、気づける、すごろくやカードで、一人でも多くの方々が、わかりやすい、理解できたと思ってくれるなら最高です。

  • 弁護士・防災士 永野 海
    2021年11月、気仙小学校(陸前高田市)の生徒たちに、津波から安全に避難する方法を、自作の「津波避難すごろく」で教える永野弁護士
  • 弁護士・防災士 永野 海
    「被災者支援はともかく、防災活動は弁護士と結びつきにくい。防災活動をしている説明がラクになるので防災士の資格も取得しました(笑)」(永野弁護士)

弁護士だからこそできる支援活動

弁護士として、元々かなり広範囲の事件を担当していました。医療過誤、行政訴訟、大型倒産、知財訴訟、もちろん交通事故や債務整理、離婚、相続なども。今も地方の“町弁”らしい業務を続けていますが、ライフワークである防災支援活動に時間を確保したくて、刑事事件や離婚事件など原則扱わなくなった分野もいくつかあります。現在は、顧問先企業の案件やそのご紹介案件、交通事故や倒産事件などを中心に取り扱っています。1年間で見ると、防災支援というライフワークが本業を大きく上回る時期と、本業のほうが忙しい時期がありますね。

防災支援活動を始めてから、毎年毎年、新しい出会い、経験、展開があり、感動をもらっています。ですが、もしも僕一人の事務所だったら、防災支援というライフワークは続けられなかったと思います。ですから、所属している事務所の仲間には心から感謝しています。事務所に顔を出すと、ボス弁からは「お、久しぶり」とからかわれますが、ボス自身、僕が執筆した津波避難の本を100冊も買って、学校などに寄付してくれました。ちなみに、防災支援活動への影響を考えて、本業のご依頼をお断りすることもあります。そんな時に助けてくれるのも、事務所の同僚弁護士たち。彼らは、僕にとってかけがえのない相談相手であり、信頼できる頼もしい仲間です。そうやって防災支援に没頭していると、毎年決まった時期に「今年の収入は大丈夫だろうか」と正直不安になります(笑)。しかし、仲間や顧問先にも支援をいただき、本業とライフワークの両立を続けることができています。

「法律が読める」「難しい情報の交通整理ができる」「行政との交渉ができる」「日頃から困っている人の相談に乗っている(慣れている)」「初めての場所でも(弁護士という肩書で)信頼してもらえる」「様々なセクターの人脈が豊富」「自分の時間を確保しやすい」「訴訟になったらどうなるかを知っている」など、どの観点で見ても弁護士以上の被災地支援の適任者はいないと思います。また、関与の仕方も、弁護士それぞれの想像力で無限に広がるはずです。いずれにせよ、被災されて困っている人にとって、「困ったら相談できる、頼りになる身近な親戚」くらいの立ち位置になれたらと思いますし、そのように弁護士と市民との距離をどんどん縮めることが大切。僕自身、被災者支援・防災支援活動を継続しながら、常にその思いを持っています。日本弁護士連合会災害復興支援委員会委員長を務めた、尊敬する永井幸寿弁護士のつくった標語で、「災害復興支援は、明るく、楽しく、しつこく」というものがあります。本当にそのとおりだなと。僕が開発して提供するすごろくなどのツールも、「明るく、楽しく」が根底にあってできたものだということを、あらためて感じます。

僕は、他人ができることなら他人がやればいい、より得意な人がいるならその人がやればいいという考えを昔から持っています。刑事事件や離婚事件は僕より得意な人がいるのだから、その人が極めていけばいい、そう思います。だから、「自分にしかできないことか」「自分が本当にやりたいことか」「自分らしい視点を持っているか」は常に意識しています。本当にやりたいこと、自分らしいことを続けていると、自然と自分に合ったご縁や“流れ”が生まれるので、それにしっかりと乗る。僕の場合は、好きなことや自分にしかできないことの一つが、津波防災をはじめとする防災支援・被災者支援活動でした。好きに優る力はありません。好きなことだから、他人の何倍も頑張れるし、考えるし、行動できる。本業であれライフワークであれ、自分の「好き、楽しい、やりたい」が見つかって打ち込める――最高に幸せな弁護士人生を送れていることに感謝しています。

※取材に際しては撮影時のみマスクを外していただきました。