弁護士の肖像:2012年11月号 Vol.30

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

日本のリーガルサービスを牽引する、著名な弁護士の素顔や仕事観・人生観をご紹介。

※掲載記事の内容は取材当時のものです。

Human History

弁護士の肖像

はる総合法律事務所
 弁護士
 飯田秀郷

「面白いことだけ」に没頭し、自然な感覚で目指した司法試験

依頼者が問題を抱えて苦悩する日々、例えるなら、それは厳冬の時期。早く春を迎えるために、事件解決に全力を尽くす――「はる総合法律事務所」の名には、そんな気持ちが込められている。フラットな大部屋方式をとる事務所には、いたずらな威圧感がなく、来る者を温かく受け入れる空気がある。飯田秀郷が大切にしている感覚だ。 30年以上、知的財産権に携わってきた飯田は、どことなく学者的な印象を放つ。知財がまだマイナーだった時代から、一つひとつの事件を丹念に紐解き、確かな道筋をつけてきた。表舞台に顔を出さずとも、話題にのぼるような大型案件の多くには飯田の存在があり、同業の弁護士や、弁理士などの専門家から寄せられる信頼も厚い。その根幹を成すものは、飯田の最大の武器ともいえる〝飽くなき知的好奇心〞だ。 今にして思えば、弁理士として働いていた父の影響はあると思うのですが、子供の頃は、父が何をしているのか全然わからなかったし、言葉からすると〝便利屋さん〞みたいでイヤだったんですよ。忙しかったのか、父は仕事から帰っても夜はずっと書斎にこもっていたので、一緒に時間を過ごした記憶がほとんどなくて。子供心に反発心もあって、私自身、弁理士になりたいと思ったことはありません。もっとも毎日遊んでばかりで、将来の夢とか、何も考えていなかったんですけど(笑)。 職業として法律家を意識したのは、高校生になってからです。私が通っていた東京教育大学附属高等学校(現筑波大学附属高等学校)は、いわゆる受験校だと思われているようですが、けっこうユニークな授業があったんですよ。自由課題的なもので、例えば薬害、薬の効能についての問題点を探れとか。そうすると、私なんかは企業の研究所に出向いて、インタビューするわけです。高校生なのに、生意気にも電話でアポを取って(笑)。そんななか、友人からよく言われたのは、「お前は調査をしたり、文献を探し出すのがすごく上手い」。それからですね、進路として、漠然と法学部を考えるようになったのは。 本来、私が好きだったのは物理なんですよ。〝覚える〞ことがきらいなので、社会とか歴史の類は苦手。公式などを暗記しなくても、原理で答えを導き出せる物理が性に合っていたんです。だから研究者を目指すという選択肢もあったのですが、そんなに才能があるとは思えなかったし……。で、物事を論理的に考える法律学なら、自分に向いているかもしれないと。司法試験で問われる記憶力については、のちに苦労したんですけどね(笑)。 「面白いことだけが好き」だったから、飯田が熱心に取り組んだのは、勢い理系の勉強ばかり。よって、最初の東大受験は失敗に終わり、浪人して翌年に向けて備えるも、今度は東大紛争によって入試そのものが中止。その1969年に、飯田は一橋大学法学部に進学する。同校も余波を受け、講義などほとんど行われなかった時代である。 入学したものの、最初の2年ほどはロックアウト状態だったから授業もないし、部活動ばかりしていました。尺八部です。もともと、中学生の頃から独学でフルートを始め、高校ではオーケストラ部に所属してずっと続けていたんです。その延長で、今度は尺八。「邦楽部尺八学科です」と名乗るくらいに、ひたすら吹いていました(笑)。 一方で、入学当初から司法試験を受けることは考えていたので、法学部の仲間たちと「法学研究会」というのを立ち上げたんです。新設だから、部室も何もない状態でしょ。「自分たちで掘っ建て小屋でも建てるか」という話になって、実際、工事現場から不要になったプレハブを譲り受け、それを大学の空き地に建てて。そこが、部室代わり。学園紛争で学生もいないし、勉強するのならいいだろうと、大学も許可を出してくれた、いい時代ですよ。 司法試験を目指す法学部の学生が、60人ほど集まったでしょうか。先輩を指導者にして、私も1年の時から勉強を始めていました。でも、そこは学生だけのゼミですからね、基本書をじっくり読むとか、わけのわからない議論をするとか、あくまでも勉強していた〝つもり〞。その程度だったから、3年で初めて受けた司法試験では一蹴されてしまいました。短答式でアウトです。とにかく暗記型の勉強が苦手でしたから(笑)。2回目も同様の結果で、その時はさすがにショックでした。周りの同級生がバーッと合格していったし。私は論文で勝負したいと思っていたけれど、もう記憶力が弱いなどと言っていられなくなって、心機一転、留年を決めて猛烈に勉強しました。大学の授業も有効に活用して、毎日10時間。そして3回目のチャレンジで、合格できたというわけです。

鍛えられた3年間のイソ弁時代を経て、事務所開設へ

74年、大学を卒業した飯田は、修習生として福岡で新たなスタートを切る。優秀な成績と、真面目な人柄が見込まれたのだろう、裁判官や検察官からの〝誘い〞もずいぶんあったそうだ。「裁判官もいいかなぁ」と思っていた飯田だったが、最終的に弁護士の道を選んだのは、「自分で一から料理をつくりあげる感覚」が、性に合うと考えたからである。...(以下略) 続きをご覧になりたい方は、バックナンバーをお取り寄せ下さい。すでに在庫がない号もありますので、予めご了承下さい。

■プロフィール

  • 飯田 秀郷 いいだ・ひでさと
  • はる総合法律事務所
  • 弁護士
  • 東京弁護士会(1976 年登録)28 期
  • 1949年4月11日 東京都杉並区生まれ
  • 1973年9月 司法試験合格
  • 1974年3月 一橋大学法学部卒業
  • 1976年3月 司法修習修了
  • 1976年4月 弁護士登録 (東京弁護士会・28期) 山本栄則法律事務所入所
  • 1979年4月 飯田国際特許法律事務所開設
  • 1991年2月 飯田・栗宇特許法律事務所開設
  • 2000年10月 飯田・栗宇・早稲本特許法律事務所に改称
  • 2010年2月 はる総合法律事務所に改称
  • ■主な役職
  • 日本弁護士連合会調査室室長
  • 日本弁護士連合会常務理事
  • 日本弁護士連合会知的財産制度委員会委員長
  • 経済産業省不正競争防止法調査員
  • 日弁連知財センター委員長
  • 東海大学法学部非常勤講師
  • 成城大学法学部非常勤講師
  • 駿河台大学法科大学院非常勤講師
  • 金沢工業大学大学院工学研究科客員教授
  • などを歴任
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