弁護士の肖像:2008年7月号 Vol.4

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

日本のリーガルサービスを牽引する、著名な弁護士の素顔や仕事観・人生観をご紹介。

※掲載記事の内容は取材当時のものです。

Human History

弁護士の肖像

東京市民法律事務所
 宇都宮健児氏

自分の首を絞めることも、平気でやるのが弁護士

2006年12月、日本の多重債務 対策は大きな一歩を踏み出した。貸 金業規制法改正により、グレーゾー ン金利の息の根が止められたのであ る。今や法律の網のみならず、政府 の対策本部、全国都道府県の多重債 務対策協議会、弁護士会も加わり、 まさに官民挙げた取り組み体制が敷 かれている。総量規制の導入が始ま れば、長期にわたって社会問題とさ れた多重債務問題は今後、終結の方 向に向かっていくことになるだろう。 宇都宮健児氏は、多重債務問題の 第一人者と呼ばれる。だが、その業 績は、そんなひと言では、とても語 り尽くせない。彼の言動は、まさに 社会を、国を、法律を動かしてきた。 「グレーゾーン金利と総量規制につ いて、一部の貸金業者はまさかここ までやるとは思ってもみなかったん じゃないでしょうか。というのも、 多重債務問題がなくなれば、弁護士 の仕事も減ることになるわけです。 自分たちの利益を考えたならば、い くら弁護士といえども、自らの首を 絞めるようなことはしないだろう と。でもね、弁護士というのは、自 分の首を絞めるようなことを平気で やるんですよ。当時の貸金業者トッ プの中には、何兆円もの資産を持つ 人もいたでしょう。そんな社会の“勝 ち組”の人たちの、考え方の底の浅さ が私には見えてしまった気がしま す。彼らは、弁護士という存在を見 極めきれなかったんですから」 今や社会派弁護士として、真っ先 に名前が挙がる人物である。司法試 験合格は1968年。だが、弁護士 としてのスタートは、自身が予想も しえないものだった。 「落ちこぼれ弁護士だったんです よ。私のような要領の悪い弁護士で も、なんとかやってこられた。それ を伝えてほしいと思います」 1

早く親に楽をさせてやりたかった

弁護士という職業を知ったのは、 実は東京大学に入学してからだった。 生家は貧しかった。愛媛県の小さな 漁村から、一家で大分県の国東半島 に開拓入植したのは小学校3年のと き。当初は電気もない。そんななか、 家族で山を開墾する日々を送った。 朝3時に起き、星が出る時間まで仕 事をしていた父は、愚痴ひとつ言わ ず黙々と働いていたという。 「だから、早く親に楽をさせてやり たかったんです。それで最初に浮か んだ職業は野球選手でしてね(笑)」 成績優秀だった宇都宮少年は、将 来を期待され中学から母方の叔父の 家に預けられて熊本の中学に通っ た。だが、本人の意識は違った。 「当時の熊本は野球王国。これで一 歩、野球選手に近づいた、と(笑)。 ところが、中学に入ってすぐに野球 部に入ると、身長が180センチも ある連中がゴロゴロいるわけです。 私は体が小さいし、ここでレギュ ラーを取るのは並大抵ではない。そ れでも1年間くらいは頑張ったんで すが、無理だとあきらめました」 ...(以下略) 本文の続きは誌面にてご覧いただけます。 Lawyer's MAGAZINEのバックナンバーをお申込み下さい。 ※バックナンバーは売り切れの号もございます。

■プロフィール

  • 宇都宮健児 うつのみや・けんじ
  • 東京市民法律事務所
  • 1965年 東京大学文科Ⅰ類入学
  • 1968年 司法試験合格
  • 1971年 弁護士登録
  • 1971年 岡安法律事務所入所
  • 1979年 佐藤法律事務所入所
  • 1983年 宇都宮健児法律事務所設立
  • 1994年 東京市民法律事務所に名称変更
  • 多重債務者対策本部有識者会議委員
  • 日弁連多重債務対策本部本部長代行
  • 全国クレジット・サラ金問題対策協議会副代表幹事
  • 高金利引き下げ・多重債務対策全国連絡会代表幹事
  • 全国ヤミ金融対策会議代表幹事
  • 地下鉄サリン事件被害対策弁護団団長
  • オウム真理教犯罪被害者支援機構理事長
  • 消費者主役の新行政組織実現全国会議代表幹事
  • 反貧困ネットワーク代表、人間らしい労働と生活を求める連絡会議(生活底上げ会議)代表世話人
  • 東京市民法律事務所
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