Vol.91
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PIONEERS

製薬企業などヘルスケア業界の〝法とコンプライアンス〟を一体的に支援。インハウスローヤーの経験を生かし、〝独自分野〟を確立

木嶋洋平

新四谷法律事務所
弁護士

#39

新時代のWork Front 新・開拓者たち

製薬企業のコンプライアンスは、厳格な法的基準とエシック(倫理観)のもとに定められている。なぜなら製薬企業は、人々の健康や安全に直接影響を与える製品を扱い、〝公共の信頼を維持して人々の健康を守る〟という責任を負う〝セミ・パブリック〟な存在であるからだ。そんな製薬企業を含めたヘルスケア業界に焦点を定め、〝ヘルスケア・コンプライアンス〟という専門領域を切り開いたのが、木嶋洋平弁護士。2023年、『Top Pharma Compliance Solutions Provider in APAC 2023』(Pharma Tech Outlook 社)に選出され、24年には『5 Best AI Solution Providers to Watch 2024』(Silicon Review 社)にも選ばれた。同年、『薬事・ヘルスケア法務として頼れる弁護士5選』(日経新聞)に掲載されるなど、その活動に対する評価は高い。当該分野を確立してきた経緯や、仕事に対する木嶋弁護士の思いを聞いた。

〝認識のギャップ〟を解消していくために

私は弁護士登録後、国内大手製薬企業の法務部に入社しました。2012年当時のインハウスローヤーの人数は、全国でまだ約700人といったところ。私自身、その企業が初めて採用したインハウスローヤーでした。

入社後は生産部門、システム部門、事業開発部門、研究開発部門などを担当。契約周りをはじめ、M&A、特許ライセンス、新規事業立ち上げのリーガルサポート、GDPRを含む国内外の個人情報保護法関連業務やインサイダー取引防止など金融商品取引法に関する業務に従事しました。

5年ほど勤務したのち、外資系製薬企業へ転職します。直属の上司は海外在住で、私は〝一人法務〟として、日本における法務・コンプライアンスを任されました。訴訟・国際仲裁案件や契約書審査などの法務業務はともかく、コマーシャル部門やメディカル部門などのコンプライアンス支援は経験がなかったため、公正競争規約や製薬協コード、販売情報提供活動ガイドラインなどを必死に勉強しながら業務を遂行しました。

大変だったのは、多数のステークホルダー間のコンプライアンスに関する〝認識のギャップ〟を埋める作業の難易度が高かったこと、そのために協力してくれる〝頼れる人〟が社内外にいなかったことの大きく2点です。

一言で〝コンプライアンス〟といっても、〝時代〟や〝文化・慣習の違い〟などによって、とらえ方は異なります。例えば、かつてのMR活動(医療関係者への情報提供)における〝過剰な接待〟は、今は当然、コンプライアンス違反となります。また、文化の違いによる一例を挙げるなら、海外企業におけるコンプライアンス部門の業務範囲は、贈収賄規制を含めた利益供与の規制が中心であり、コンプライアンス体制の運用・整備が〝役割と責任〟の中核です。しかし、日本企業におけるコンプライアンス部門への業務は、個別のビジネス活動への助言・承認業務が多いように感じます。営業現場から公正競争規約などの質問を受けて回答するといった〝コンプライアンス・サービスデスク〟的な業務に、時間と労力を割かざるを得ないことが多いという印象です。そのような〝認識のギャップ〟によって生じる様々な問題について、インハウスローヤーとして十分に対処できなかった苦い思いを原体験に、私と同じような困難に直面する企業の法務担当者をエンパワーしたい、自分の知見を世の中に広く還元したいと考え、弁護士として独立。同時に、ヘルスケア業界のコンプライアンス支援に特化したコンサルティング企業「Pharma Integrity Inc.(以下、PhI)」を、コンサルタントなどとともに設立しました。

木嶋洋平 弁護士
木嶋弁護士の著書。「弁護士の視点で、製薬企業における法務・コンプライアンスの全体像をわかりやすく解説されている」と評価する声が多い

〝寄り添い型〟の支援形態を築く

私は現在、新四谷法律事務所に所属し、一般民事、渉外、そして主に医薬品・医療機器関連企業の法務・コンプライアンスなどに携わっています。企業法務については、クライアント社内に駐在し、〝組織の一員〟としてサポートする、インハウスローヤーに限りなく近い仕事スタイルです。

意思決定の仕組みの理解、組織の〝縦と横のバランス〟を図ることの大切さ、予算感などまで踏まえた〝寄り添い型支援〟を行っています。外部の立場から客観的な意見を述べるだけの〝アドバイザリー〟ではなく、当該企業のビジネスや組織の仕組みに精通した〝法律の専門家〟として伴走することにこだわっています。

とはいえ外部弁護士ですから、経営陣やステークホルダーに向けて当該企業の担当者が言いづらいことを代弁するなど、〝モヤモヤ〟を言語化して伝えてほしいという期待も大きいように感じています。もう一つの活動母体であるPhIでは、企業運営およびコンプライアンス・プログラムの策定支援、コンプライアンス・アドバイザリー、販売情報提供活動ガイドラインに基づく販売情報提供活動監督部門の支援、審査・監督委員会における第三者業務などのコンサルティング活動を行っています。

クライアントは外資系製薬企業が多いのですが、よくあるのは、日本法人のトップが海外の方で、日本企業のコンプライアンスについて知識が乏しいというケース。

我々は、その社長のバックグラウンドがどこか――アメリカなのか、ヨーロッパなのか、シンガポールなのか――を踏まえ、「おそらくここは理解できていないだろう」「逆にここは知っているだろう」と推測しながら、〝ギャップ〟を埋めていく作業を行います。そうした海外トップの方々に対する、テーラーメイド型のオン・ボーディング・トレーニングのプログラムを数多く提供しています。

PhIのメンバーは全員、「コンプライアンスは紋切り型に上から押し付けられる倫理概念ではなく、事業活動において全員が身につけるべき基本的な行動作法である」という信念を共有しています。〝認識のギャップ〟を少しでも減らすことをミッションとして、究極的にはヘルスケア業界全体が社会から信頼され、〝患者貢献〟という価値を持続的に提供できるよう、ヘルスケア・コンプライアンスのサポートを継続していきたいと思っています。

持てる力を最大限、社会に還元していく

私がこの仕事を通じて得た強みは、ヘルスケア業界内外の広範なネットワークを確立できたこと。例えば、日本製薬工業協会、PhRMA、EFPIA Japan、医薬品企業法務研究会や日本組織内弁護士協会などにおける人とのつながり、PhIでコンサルティングをしている数多くの外資系を中心とする製薬企業とのつながりが挙げられます。こうしたネットワークは日々拡大しており、私のヘルスケア・コンプライアンスに関する活動の土台となってくれています。

ヘルスケア・コンプライアンスというブルーオーシャンを見いだし、専門領域として確立してきましたが、業界特化であるため利益相反を避けねばならず、多くのクライアントを一度にサポートすることは難しいのが実情です。また、ハンズオンでかかわるため、クライアントの高い要望に対応する時間の確保も課題となっています。

今後も、ヘルスケア・コンプライアンスをテーマに、〝深く・狭く〟突き詰めていきたいと思いますし、寄り添い型支援(テーラーメイドの駐在型支援)も続けていきたい。プロフィタビリティの観点では正直、限界があるビジネスモデルかもしれませんが、後に続いてくれる同志が増えたら嬉しいです。

今後は、私自身の〝グローバル化〟にも挑戦していきたいと思っています。外資系企業において、実際の意思決定は、香港やシンガポールなど日本国外のリージョナルヘッドクォーターで行われることがほとんどです。日本の法務・コンプライアンス担当者の代わりに、そうした国に直接出向き、外国人の上司に私が直接情報提供を行うことで、よりスムーズにビジネスが進められるケースが増えていくと考えています。そのような仕事も含め、これからも私自身の力を最大限、社会還元していく道を探っていきたいと思います。