刑事事件を起こした人のなかには、知的障害や発達障害などを抱えているのに適切な支援を受けられず、社会的に孤立してしまう人が少なくない。「福祉制度の情報にたどりつけない」「制度の要件にあてはまらない」といった理由で、支援の網からこぼれ落ちてしまうのだ。2016年に再犯防止推進法が施行されて以来、こうした人々の社会復帰支援の重要性が増している。そんな〝制度のはざま〟に置かれた人たちを地域社会につなぎ、「誰もがともに生きる社会の実現」を掲げて活動を推進しているのが、一般社団法人東京TSネットだ。刑事司法と福祉の〝架け橋〟を目指す同団体の活動について、共同代表理事の中田雅久弁護士と、更生支援コーディネーターの福正大輔氏に聞いた。
―― まず、東京TSネットの概要について教えてください。
中田:主に障害のある人の刑事事件に関する問題解決・支援を行っています。立ち上げ時のメンバーは、弁護士、精神科医、ジャーナリスト、大学教授、障害がある人の保護者が中心でしたが、現在は、精神保健福祉士、社会福祉士、公認心理師、臨床心理士、学生、当事者など、様々な資格・経験を有する方々も参加しています。
―― 中田弁護士が、活動を始めた理由をうかがえますか。
中田:弁護士2年目からの3年間、法テラス浜松のスタッフ弁護士として200件近くの国選弁護事件を担当しました。そのなかで、知的障害・発達障害・精神障害のある人が多いことを実感したのです。しかし当時の私は、障害や福祉についてほとんど知識がなかった。「本当に役に立てているのか」と、思い悩むこともたびたび。心理的・社会的サポートが行き届かないことで、障害のある人が罪に問われ、最終的に刑務所へ行き着くのはおかしくないだろうか?と。この問題意識を共有し、議論・検討を行い、解決に向けた取り組みを進めていく場として、東京TSネットの立ち上げ時からかかわっています。
―― 具体的な活動内容は?
中田:主には、罪に問われた障害のある人の個別支援を行う「更生支援コーディネート」です。福祉や心理の専門家である「更生支援コーディネーター」が、制度のはざまに置かれて苦しんでいる障害のある人と向き合い、刑事手続きのあともその人らしく暮らしていけるよう、面会などを通じて「更生支援計画」を作成し、社会復帰後の支援体制を構築します。その入り口となるのが、刑事事件を担当する弁護士からの相談です。「障
害のある被疑者・被告人について、どう支援を組み立てればよいか」「どのような福祉サービスにつなげられるか」など、年間20~30件の依頼に対応しています。ほかにも、更生支援コーディネーターの養成・スキルアップ研修、事例検討会や一般向けセミナー、コミュニティづくりなどの普及・啓発活動も行っています。
―― 更生支援の進め方について、教えてください。
福正:私たち更生支援コーディネーターは、刑事事件の初期段階から弁護人と連携し、障害のある人が「何に困っているのか?」、そこを本人から丁寧に聞くことから始めます。大事にしているのは、「どの制度を利用できるか」よりも「本人がどのような暮らしを望むのか」を、まず理解すること。そのうえで、使える地域の資源、制度やサービスを調べ、本人が暮らしやすくなる方法を一緒に考えながら、人生に伴走します。
―― 支援で難しいと感じるのはどのような場面でしょうか。
福正:刑事事件の限られた時間のなかで、障害のある人の生活の見とおしを立て、裁判所にプランを提出しなければなりません。時間の制約があるなかで、最適な支援を組み立てることは非常に難しく、もどかしさを感じることもあります。しかし、そもそも刑事事件の対象となった障害がある人のなかには、これまで誰にも相談できず、福祉制度の存在すら知らないという人が多数います。だからこそ、更生支援を通じて「話を聞いてもらえた」「味方になってくれる人がいた」という経験をすることに、大きな意味があります。その積み重ねが、結果として、生活を立て直す力につながっていくと信じています。
―― 印象に残る支援の例は?
福正:軽度の知的障害・発達障害があり、窃盗を繰り返していた人を支援したことが印象に残っています。その人とは一審の実刑判決後にお会いしたのですが、原審弁護人の尽力で就職先が見つかり、すでに働き始めていました。しかし、本人はその仕事に強い負担を感じていました。そこで本人にじっくり話を聞き、医師にも相談したところ「いきなり一般的な仕事に就くのではなく、まずは生活を整え、就労継続支援などの福祉サービスにつなげたほうがよい」という結論を得て、支援の方向性を見直しました。障害がある人の支援では、「働けるかどうか」だけでは測れない場合が多く、就労可能と判断されても、本人の経験や不安、人とのかかわり方によっては、方法を変えていかねばならないと痛感した例でした。
中田:本人を“客体”ではなく、“主体”と捉えることは重要です。刑事司法の現場では、障害のある人は“更生させる対象”として扱われがちです。しかし、まずは「本人はどう感じているのか」「なぜその状況がつらいのか」を理解すること、診断結果や能力評価だけでは見えてこない困難を理解することが重要です。支援とは、何かを押し付けることではなく、本人の現在地を理解し、合ったペースや方法を一緒に考えること。控訴審で更生支援計画の提案を行い、逆転で再度の執行猶予を得た今回のケースでは、本人と継続的に向き合っているソーシャルワーカーの存在が、特に大きかった。法律家だけでは見えないことがあるからこそ、多職種で支援にあたる意味があると感じました。
―― 法曹界で働く読者へのメッセージをお願いします。
福正:私が思うのは「想像力を持っていただきたい」ということです。障害のある人や生きづらさを抱えている人は、決して“違う世界の住人”ではありません。たまたま経験してきたことが違うだけで、同じ社会を生きる一人の人間です。相手がどんな景色を見ているのか、どんな言葉を使っているのかを知ろうとすること。その姿勢が支援の出発点になります。私自身は、人間という存在にとても興味があります。一見すると失敗や問題行動と見えることでも、「なぜそうなったのだろう」「その人にはどのように世界が見えているのだろう」と考えながら本人と対話を重ねていくと、その人なりの物事の捉え方や、社会とのズレが見えてくることがあります。そうした発見は、私にとって “自由研究”のような面白さがあります。弁護士の皆さんにも、障害や福祉を特別な分野と考えるのではなく、新しい世界の見え方を学ぶ機会としてかかわっていただけたらうれしいです。
中田:法律家は、“勉強が得意な人”に有利な社会で、成功体験を積み重ねてきた人が多いと思います。そのため、「なぜできないのか」という視点で物事を見てしまいがち。しかし、障害のある人や生きづらさを抱える人のなかには、弁護士には想像し難い経験を積み重ねてきた人もいます。同じ「できない」という結果であっても、その背景には、他者との関係のなかで繰り返し傷ついてきた経験や、自信を失った経緯があるかもしれません。そういったリアルを理解することは、とても難しい。だからこそ私たちは、福祉や心理など異なる専門性を持つ人たちと協働し、障害のある人のことを理解しようと日々奮闘しています。この活動を通じて私自身は“知的興奮に満ちたやりがい”を得ています。なぜなら、刑法や刑事訴訟法だけでなく、国際人権法や、さらには人間行動科学ともいえる社会福祉学や理学など様々な分野の知見が交わる“学際的な領域”だからです。障害者福祉の問題を学ぶことは特別なことではなく、顧問先企業の業界について学ぶのと同じことだと思っています。また、私たち弁護士が向き合うべきは、事件そのものよりも、“事件の向こう側にいる人間”です。AIやデジタル技術が急速に発達する時代だからこそ、人と人が向き合い、相手を理解しようとする営みの価値は、むしろ高まっていくでしょう。事件を見るのではなく、人を見る――その視点を、これからも大切にしていきたいと思います。
