弁護士の肖像:2019年7月号 Vol.69

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

日本のリーガルサービスを牽引する、著名な弁護士の素顔や仕事観・人生観をご紹介。

※掲載記事の内容は取材当時のものです。

Human History

弁護士の肖像

長島・大野・常松法律事務所 渡邉惠理子

「自主自律」「手に職」を めざして法学部入学、 司法試験受験へ

 渡邉惠理子の仕事の99%は、企業結合、違反被疑事件調査対応など独占禁止法関係の案件で占められている。渡邉が、独占禁止法に〝はまった〞のは弁護士1年生の時、爾来、「rare species(希少種)」と言われた時代から、渡邉はいつも〝前例のない道〞を歩んできた。留学ではほぼ独占禁止法だけを学び、実務経験のある弁護士として公正取引委員会に勤務、独占禁止法の国際大会のスピーカーやパネリストを務めるなど、女性弁護士第1号の冠がつくものも少なくない。しかし、パイオニアながら、渡邉には意外なほど気負いがない。「高邁な志があったわけではなく、なんとなく面白そう、やってみようか、の連続で気がついたらここまできていました。続いたことは奇跡に近い」と笑う。面白そうなことに惹かれるまま、ただ、都度全力で学び、全力で仕事をする――彼女の今日は、そういう確かな強さで紡がれている。

 生まれは福島市ですが、会社員だった父の異動に伴い東北と新潟を転居していました。小学校は2つ、中学校は3つです。転校生は、〝出来上がった世界〞にひとりで入っていくのでそれなりに大変ですが、一方で全部リセットされるのでこれが結構面白い。
 小学校・中学校の時に入っていたガールスカウトでは、キャンプでのテントの設営、かまど掘り、重い荷物の運搬などの力仕事も当然のこととして自分たちでやっていました。宮城県第一女子高校(当時)の入学式で校長先生の「当校は白河以北の名門女子校にして良妻賢母を育てる――」という挨拶を聞いた時は、正直引きましたが、学校や生徒は自主自律をめざす校風で、当時は革新的だった制服自由化も学生主導で行われ、いろいろな力仕事も当然自分たちで…(以下略)

独占禁止法で 身を立てたい! 留学、公取委勤務へ

 渡邉は、1年生のGWの初日、事務所に忘れ物をとりに行ったところでパートナーから独占禁止法の案件のアサインメントを受けた。知らない法律だけど「面白そう」。経験を重ねてもわかないことだらけで、気がつけば〝はまって〞しまっていた。

 当時の東北大には経済法の講座はなく、いわゆる土地勘はまったくありませんでした。法律の規定ぶりも曖昧かつ抽象的で、要件事実が何かもわからない、解説を読んでも主観的な記述しかなく、「こんな法律があってよいのか」と第一印象は大変悪かったと思います。しかし、だからこそ興味を持ったというか、はまってしまったのかもしれません。
 最初は無我夢中で必死にリサーチし、作業をして一段落すると、「よくできるね」|ただし、これは本当とは限りません(笑)|と言われて、次の案件もアサインされ、ちょっと一段上の厳しめの仕事のアサインと褒めることで育てるのが事務所のやり方ではないかと思っていました(笑)。その後も独占禁止法の案件は途切れることなく続き、公取委初の問題解消措置がついた案件など、…(以下略)

■プロフィール

  • 長島・大野・常松法律事務所
  • 弁護士
  • 渡邉惠理子
  • 1958年12月27日福島県福島市生まれ
    1983年3月東北大学法学部卒業
    1985年10月司法試験合格
    1988年3月司法修習修了
    4月弁護士登録
    (第一東京弁護士会・40期)
    長島・大野法律事務所(当時)入所
    1994年6月ワシントン州立大学
    ロースクール修了(LL.M.)
    1994年9月Kirkland & Ellis LLP
    (シカゴ)勤務(~95年)
    1995年10月公正取引委員会
    事務総局勤務(~98年)
    1998年10月長島・大野法律事務所(当時)
    復帰
    2000年1月長島・大野・常松法律事務所
    パートナー
    2004年4月慶應義塾大学法科大学院
    ( 経済法実務・企業法務)
    教授(~07年)
    2007年4月慶應義塾大学
    法科大学院(経済法実務)
    非常勤講師(~08年)
    2005年4月経済産業省産業構造審議会
    競争環境整備小委員会
    委員(~07年・09年)
    2007年4月官民競争入札等監理委員会
    委員(~12年)
    2012年3月NHK経営委員・監査委員(~15年)