Vol.11
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PIONEERS

社会的使命と企業倫理に共感し、変革まっただなかの会社に飛び込んだ弁護士

高橋 豪

万有製薬株式会社
取締役・執行役員・法務統括室長
弁護士(東京弁護士会・43期/一橋大学法学部卒)

#13

新時代のWork Front 開拓者たち

処方医薬品の大手メーカーで、企業法務が担う役割とは…

万有製薬株式会社は2004年にMerck & Co., Inc.,(以下、米国本社と表記)の子会社となり、グローバルな事業展開の一翼を担っている。世界的メーカーで企業法務はどのような役割を担うのか。執行役員を兼務する法務統括室長の高橋豪氏にお話を伺う。

「法務統括室には9名が在籍しています。日本人スタッフの陣容は06年に私が入社した当時とあまり変わりませんが、当社のグローバルなビジネスのなかで日本は重要な地位にあるため、米国本社から15年以上の経験を持つベテラン弁護士が1名派遣されています。室員は二つのグループに分かれていて、生産部門と研究開発部門を担当するチーム、営業・マーケティング部門と人事部門などをサポートするチームがあります」

特徴的な業務はあるのだろうか。

「製造物責任、偽薬、薬価などのほか、治験関係があります。新薬の承認のための臨床試験ですが、実に大量の契約業務が伴うのです。というのも、治験の対象薬ごとに医療機関や外部サポート会社など多数の相手先と契約書を交わす必要があるからです。営業・マーケティングのサポートでは、パンフレットなどの表記が薬事法や業界ルールに即しているか確認し、担当部門からの法的な相談に対応します。いずれも最終的には人の生命、健康にかかわることなので、気が抜けません」

着任後まず手がけたのは、業務の集約と効率化だった

それら膨大な業務を着実に遂行するため氏が行った改革がある。

「入社当時、契約書だけで年間3000件の事案がありました。定型的な契約文書や細かい書類も法務を通過していたのです。『もっと付加価値と専門性の高い業務に集約しなくてはいけない』と考え、改善に着手しました。部署内では業務プロセスを分析して審査手続きを簡略化し、他部署にも協力を要請。契約書もビジネス文書である以上、担当部署がベースとなる項目を整理して盛り込むべきですが、『法務が全部やってくれる』と人任せだった状況が一部にあり、これを改めました。またルーティンな契約については、ひな型とともに書式内容の説明会を開き、理解した上で使ってもらうようにしました。これらの改革では、導入間もないシックスシグマ(経営改革手法)を大いに活用したので、以前所属したGE(ゼネラル・エレクトリック)での職務経験が役立ちました。結果、約30%の業務量削減など効率向上を実現したのです。現在では9名の室員のうち、私を含めて4名がシックスシグマのグリーンベルト認証を受けています」

ときに日米の法文化の違いに直面することもあったという。

「コンプライアンス事案の対応で日米の見解が大きく異なることがありました。アメリカ側は極めて厳しい処遇が適切と判断。しかし日本の社会環境にはマッチしませんでした。そこで電話会議などを重ね、結果的に『日本に任せる』という最終判断を取り付けたのですが、同時に大きな宿題も課せられました。再発防止に向けた対応策が早急に必要となり、より厳格な社内規定整備とコンプライアンス意識向上のための社内教育という全社的な取り組みに発展しました」

グローバル化のなかで、これからの組織をどう導いていくのだろうか。

「留学経験がある者や、海外法曹資格を持つスタッフがいる一方で、英語力の向上が必要なメンバーもいます。専門性で言えば法律事務所での実務経験者はゼロで、今まで知識向上のためにOJTなどで指導をしてきましたが、まだスキルアップが必要。室員の専門能力向上を目指し訴訟、下請法、薬事法などの勉強会を定期的に行っています。組織としては、こちらから出向く『積極的な法務』にしたい。そのために他部門との勉強会や定期ミーティングなどを開催し、業務知識の向上や良好なコミュニケーション、情報共有を図っています。さらに執行役員として私が経営に参画することで、企業戦略に即して将来を見越した法的業務の方向性を見いだしやすくなりました」

業界における先駆者から若いロイヤーへのアドバイス

「企業内弁護士には“企業人”と“弁護士”の二つの資質が求められます。法律家としては継続的な研さんを心がけること。法律の変わる速度が高まっています。また議論を通して力がつくので、ディスカッションも大切です。他方、企業人としては何よりチームワークが肝要。そのためにコミュニケーション能力は必須ですし、専門的なことを部門外の人に分かりやすく説明することも必要ですね」

会社選びにも氏なりの指標がある。

「グローバルビジネスでは会社の名声、レピュテーションが重要です。それを支えるのは健全な企業倫理。社内弁護士にとって企業倫理がしっかりしている会社が働きやすいことは言うまでもありません。さらに言えば法務の専門的な役割にとどまらず、いかに健全な企業文化を構築するか、どうやって業界全体の倫理水準を高めるかまで視野に入れる必要がある。私はその観点から『医薬品は人々のためにあるものであり、利益のためにあるものではない…』というジョージ・W・メルクの言葉を理念に掲げる当社を選択しました。このことは弁護士として社会正義実現の使命を果たすためにも重要なのです」