Vol.15
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「経営者のアドバイザーとしてしっかり仕事をして、今の法律事務所でつつがなく定年を迎えたい」と語った池永氏。しかし「会社法をもっと研究したい」、「機会に恵まれれば学生に教える場を増やしたい」と、今後の活動については実に意欲的だった

「経営者のアドバイザーとしてしっかり仕事をして、今の法律事務所でつつがなく定年を迎えたい」と語った池永氏。しかし「会社法をもっと研究したい」、「機会に恵まれれば学生に教える場を増やしたい」と、今後の活動については実に意欲的だった

PIONEERS

民事中心の法律事務所勤務からアメリカ留学とインハウスロイヤーを経て、今、大手法律事務所で働く弁護士

池永 朝昭

アンダーソン・毛利・友常 法律事務所
パートナー弁護士
第二東京弁護士会所属(33期)

#16

新時代のWork Front 開拓者たち―その先へ―

日本の経験が通用しない米国で、勝ち取ったポジション。そして帰国

「弁護士になった当初は民事を中心に扱う事務所に入って倒産事件などを担当していましたが、次第に留学したいと思うようになり1987年に渡米します。ロースクールに通って、トレーニーとして働く先を探した際は、日本での6年の実務経験はほとんど考慮されませんでした。全米に150通のレジュメを送りましたが、オファーはわずか1社。入った事務所で大型案件にかかわっても任される仕事は部分的なものが多く、なにくそという闘争心から、アメリカで勝負する決意をしました」

デトロイトの名門法律事務所に就職を果たし、やがてパートナーになった池永氏。しかし新たな展開が。

「パートナーになって悔しさは払しょくされましたが、今度は仕事のサイズに不満を感じるようになっていました。地元の買収案件も大きなものは大都市の事務所に行く。ここでは頭打ちだと思い、そろそろ帰国しようかと考えました。ところが日本はバブル崩壊後の厳しい時期。日本の友人に相談しても法律事務所に直接戻るのは難しいと言われ『法律事務所の東京代表として帰る』ことを念頭に、日本プラクティスに強いニューヨークの法律事務所にパートナーとして移籍しました。しかし入った事務所が5カ月で分裂。その後一度は別の事務所に移りましたが、そこでは東京行きがかないそうにありませんでした。今度こそ戻ろうと選択した道がインハウスロイヤーで、入社したのがチェース・マンハッタン銀行※1です。同社は東京行きを約束してくれ、98年夏、法務部長として東京に赴任しました」

インハウスロイヤーとしての活躍。法律事務所へのカムバック

「97年に金融危機がぼっ発し98年の秋に長銀※2の国有化があったので、その対処をするには絶好のタイミングでの帰国。アメリカで身に付けた証券化やデリバティブのスキルも存分に発揮できました。しかし金融の世界的再編の波は自分の銀行にもやってきて、合併・統合の煩雑な処理を済ませた後にドイツ銀行グループ※3移籍を決めます。当時のドイツ証券とドイツ銀行は検査の指摘を受け法令等順守体制再構築の真っ最中。ジェネラルカウンセルとして乗り込んだ私の一番のプライオリティーは体制づくりで、法務部とコンプライアンス部相互の権限を調整して人も含めた体制をつくり直しました。また給与水準が低い法務部員のモチベーションを上げるため意識改革を推進し、大幅昇給も3年かけて実現。同時に監督官庁の検査やロビー活動にも率先して臨みました。ここには4年半在籍し、後半は証券、銀行、アセット・マネジメント、信託の4社を統括するジェネラルカウンセルとして経営トップの補佐を務め、また、グローバル・リーガルのエグゼクティブ・コミッティのメンバーにもなりましたが、組織も人材も私のイメージに近くなり、次のステップを考えるようになりました」

要職を辞して新たな場を求めた背景に、どんな思いがあったのだろうか。

「50歳を過ぎ、緊張感を持続しながら激務をこなすことが体力・精神的にきつくなっていました。また、それまで日本の金融機関で勤務経験があり、かつニューヨークなど海外の資格を持つ優秀な人材を多く採用しましたが、後進に道を開くためにも、適当な時期にポストを離れるべきと感じていたのです。それらの理由から法律事務所に戻るのですが、パートナーという立場で入るにはそれなりのプレッシャーがありました。クライアント獲得はジェネラルカウンセル経験者でも簡単ではないからです。それでも私が決断できたのは法令の大改正があったから。長年ジェネラルカウンセルをやってマネジメントとしての知識量と反比例して法律の知識量が落ちてきていても、金融商品取引法や会社法の改正で全員が同じスタートラインに並ぶことになりました」

インハウスを経験した利点は、どんなところにあるのだろうか。

「例えば新しい規制がされたとき、ビジネスの現場がどういう影響を受けるか即座にイメージし、ポイントを押さえたアドバイスができます。またインハウス時代に業界のコアな人材と交流して知識を深めていれば、法律事務所に提供されるごく一部の情報からでも、問題の全容や先の動向が読める。これはどの業界にも当てはまるでしょう。さらに経験を積んでビジネスの視点を磨けば、ほかの分野や社会への影響にも思いが及び、より大きな観点で物事が考えられるようになると思います」

キャリアパスが多様化する時代の若い弁護士にメッセージを頂いた。

「インハウスロイヤーとして力を発揮するには、一緒に働いている同僚を理解し、彼らを支援する気持ちが大事です。プロジェクトやビジネスを実現するために自分に何ができるかを考えてほしい。チームプレーの姿勢が認められて初めてビジネスパートナーになれます。インハウスで培った経験を生かし将来は法律事務所で働こうと考える人は、日ごろから研究を怠らないこと。仕事で必要とする法律分野のなかにテーマを見つけて丹念に掘り下げれば、どこにいても通用する専門性が身に付くはずです。リーガルプロフェッショナルを目指すには、日常業務のほかに将来を見据えた継続的な勉強が必要。企業で上を目指すには、人間とビジネスを理解し、ビジネスエグゼクティブとしての素養を磨く努力が必須です」

※1 /チェース・マンハッタン銀行は現JP モルガン・チェース銀行
※2 /日本長期信用銀行
※3 /氏が入社した2002年当時、ドイツ銀行グループの投資銀行業務における法務をジェネラルカウンセルが統括。後にアセット・マネジメント、信託銀行の法務もジェネラルカウンセルの管理下に加わった(ドイチェ信託銀行は2005年12月に廃業)