Vol.84
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PIONEERS

「日本のファッション業界のために」。当事者として抱いた課題と、“未来の課題”の解決に挑む、ファッションロー弁護士

海老澤 美幸

三村小松山縣法律事務所
弁護士/ファッションエディター

#37

The One Revolution 新・開拓者たち〜 ある弁護士の挑戦 〜

大学卒業後、現在の総務省に入省したが、大好きなファッションにかかわる仕事がしたいと考え、ファッション雑誌編集者に転身。その後、海外でスタイリスト修業、帰国後はファッションエディターとして活躍した経歴を持つ、海老澤美幸弁護士。「日本のファッション業界のために」という使命感を持って、“ファッションロー”の浸透に取り組んでいる。

誰よりも業界を知る弁護士として

2000年代に入って以降、広告媒体の多様化やデジタル化が進み、雑誌の誌面で撮り下ろした写真が広告やデジタルメディアで二次使用されるケースが急増。フォトグラファーは著作権、モデルは肖像権などで保護されるのですが、ヘアメイクやスタイリストなどの権利は曖昧で、二次使用料が支払われないこともあり、それを問題に感じていました。また、当時のファッション業界は労働条件・環境の過酷さ、パワーハラスメントといった問題も散見されました。弁護士への敷居は高く、相談しようにも業界事情に詳しい方になかなか出会えず、「それなら法学部出身で業界経験が長い自分が、これらの問題解決のために弁護士になれば、困っている人たちの役に立てるかもしれない」と一念発起。37歳になる年にロースクールに入学し、弁護士として新たなスタートを切りました。

私が取り組んでいるファッションローは、ICTを含むテクノロジーの進歩によって注目されるようになった分野といえます。昔のファッションショーは、限られた人だけが観られ、一般の公開まで時間がかかりましたが、今やネットを通じて全世界にリアルタイム配信されるようになりました。生産技術の向上も相まって、デザインが簡単にマネされ、模倣品が即流通する状況に。ファストファッションという分野の台頭も、こうした背景があります。その一方で、LVMHやケリングといった巨大なファッション・コングロマリットの経済界での発言力が強まったことにより、模倣品を阻止し、産業としてのファッションを守ろうという動きが欧米を中心に高まっていきます。こうしたファッション業界の情勢を鑑み、10年に米国ニューヨーク州のフォーダム大学内に「ファッションロー・インスティテュート」が設立されました。私が日本のロースクールで学んでいた頃、そうしたニュースを聞き、ファッションに関する法律問題を括るファッションローという概念があることを初めて知り、「これこそが私が求めていたもの」と確信。弁護士となって以降、会社法、労働法、知財といった縦割りではなく、ファッション産業に関するあらゆる法律問題を扱える弁護士になるべく研鑽を積んでいます。

弁護士・ファッションエディター 海老澤 美幸
「社会人経験を経てロースクールへ。大学時代とは法律も変わり、ノートの取り方も忘れていましたが、多くの仲間の助けで司法試験に合格できました」(海老澤弁護士)

気軽に相談できる“味方”でありたい

弁護士になった翌年の18年から、ファッション業界の方々が気軽になんでも弁護士に相談できるWebサイト「ファッションロー・トウキョウ」という“駆け込み寺”(法律相談窓口)を運営しています。私自身もそうでしたが、ファッション業界で働く人の多くは、弁護士になじみがありません。何かトラブルが起きれば先輩などに相談して、彼らの経験則や知見を参考に自己判断しがちです。しかしそれが、ビジネスや創作活動にとって命取りになることも。そのようなリスクを回避するため、弁護士に相談するハードルを下げたい、もっと法律を身近に感じてほしいと思い、立ち上げたWebサイトです。昨年は、ファッションビジネスをめぐる法律問題や法システムに興味を持っていただくためのきっかけとして、Webマガジンの配信も始めました。これらを入り口に、ファッション業界の方からお声がけいただく機会も増えました。

現在のクライアントは、ほぼすべてファッション関係。アパレル関連企業、繊維関連企業、セールスエージェント、PRオフィス、モデル事務所、デザイン事務所のほか、クリエイターの方々からの相談もお受けしています。相談内容は、契約書レビュー、契約交渉など契約関連、模倣品や商標権侵害(する側、される側)といった知的財産関連など実に多様です。また、近年はインフルエンサーマーケティングが活発なので、炎上対策と、それに伴う社内体制整備のご相談も増えています。

業界経験が長いので、クライアントと共通言語で対話できることが私の強みだと思います。例えば何か問題が起きた時、仕事の流れが複雑であったり、肩書からは役割などがわかりにくい方が登場することがしばしばあります。私の場合は、仕事の流れやその肩書の役割も理解しているので、クライアントから「話が通じてありがたい」と言っていただけています。その分、問題の本質や解決にたどり着くスピードも上がっていると信じています。また、他社事例などを踏まえてクライアントのリスクを予見したり、業界慣習に起因する問題を防止するなど、この業界で案件を積み重ねていればこその助言も強みだと感じています。何か問題が起きた時、相談者側の目線で問題解決できることが私の存在意義だと考えています。

業界特化型で仕事をしていると、対応すべき法分野は多岐にわたりますが、私が所属する三村小松山縣法律事務所には、小松隼也弁護士はじめ複数の弁護士で構成する「ファッションロー・ユニット」というチームがあり、日々、メンバーと意見交換し、新しいアイデアやアドバイスなどをもらっています。元裁判官の三村量一弁護士など経験豊富なメンバーの知恵をいただける、ありがたい環境にいると実感しています。

弁護士・ファッションエディター 海老澤 美幸
ロンドンでスタイリストの修業をしていた頃の海老澤弁護士。弁護士業を主軸としながら、今もファッションエディターとしての活動も継続している

産業としてのプレゼンス向上に寄与

日本でファッションローという概念・分野が広がり始めたのは、14年に、金井倫之氏(弁理士・ニューヨーク州弁護士)が研究機関「ファッションロー・インスティテュート・ジャパン」を設立したことがきっかけだったと思います。その後、様々な方のご尽力により、ファッションローの認知度が少しずつ上がってきました。私を含めてこの分野に携わる弁護士は増えていますし、メディアでも多く取り上げられるようになっています。業界の方々の間にも、「法律でしっかり守っていこう」という意識が芽生え始めていると感じます。

日本では、これまでファッションを積極的に法律で保護しようという動きはあまりなかったのではないかと思います。これはファッションの捉え方が影響しているかもしれません。フランスでは衣服のデザインが著作権でも保護されるのですが、これはファッションを文化として捉えていることの表れだと思います。他方、日本では、一般的な衣服のデザインは著作権では保護されにくく、他の実用品と同じく意匠権などを活用することになります。もっとも、ライフサイクルが短いファッション製品にとって、時間も手間もかかる意匠登録は決して使いやすいシステムではありません。その結果、不正競争防止法での保護が中心となっています。実は、これまでファッション業界から「意匠法を使いやすく変えてほしい」という声はあまり上がらなかったと聞いたこともあります。法的な視点が根付くことで、「法律を使いやすく変える」という発想が、もっと広がっていくのではないかと期待しています。

こうした業界の声を届けるロビイング活動にも力を入れています。例えば、メタバース上での模倣に対応するための不正競争防止法の改正や、経済産業省が設置したファッションローのワーキンググループに加わり、ガイドブックの作成も進めています(23年3月現在)。

ファッションローを、まさにファッショントレンドのように一過性で終わらせず、定着・浸透させていくには、やはり教育が重要だと思います。例えば、学校で教えたり、若いインフルエンサーの方向けに、文化の盗用などさまざまな情報を発信したり。業界にかかわっている方、業界を目指す方に、「法律は、創作活動やビジネス創出に際して有力な武器になる」ということを知ってもらい、意識し続けてもらえるよう、これからも働きかけていきたいです。

※取材に関しては撮影時のみマスクを外していただきました。