中国、ベトナム、インド、ロシア、ドバイなど模倣品被害発生国の知的財産権法制度や法律の分析を進める日々。国際会議や研究会、シンポジウムも積極的に開催する。
「最も印象に残っているのは、07年の4月と9月に行われた知的財産保護官民合同訪中代表団の派遣、参加です。中国に対して政府、民間50人規模の団体を派遣し、中国の15程の政府機関の人たちと約1週間、知財に関しての問題を議論したんです。その準備ために中国法を分析する必要があり、その年は年明けから毎日のように徹夜が続きました」
代表団の派遣は昨年で5回目だが、それまでは法律の専門家が入っていなかったため、あまり深い議論がなされない面があった。
「今回は、法執行上の問題点を日本企業の人たちとトコトンあぶり出し、中国政府に対する要望書に落とし込みました。相手の国を説得してその法律を変えさせたいときは、困っている、ということを伝えるだけでは不十分。法制度を精緻に分析し、具体的な改正案等を提示することまでしたことで、中国側と非常に充実した議論ができたと思います」
合同ミッションでは、法改正の“要請”だけではなく、最新の技術を説明する技術説明会や、商標侵害事例を集めた事例集、真正品と模倣品の見分け方が学べるセミナーなどの“協力”事業も提案したという。
「最近の中国では、前がホンダで後ろがトヨタ、などという車が作られてしまう被害が出ています。このような被害については、不競法上の規制や部分意匠制度の導入といったことが重要になりますが、要請ばかりではこうした新しい制度を導入することは困難です。まずは、両国が協力して、デザインの法制度の研究会や啓蒙のシンポジウムなどを開催して理解を求めていく必要がある」
世界的な模倣品被害の拡散を背景に、中国以外の対策も本格化。第一弾として、本年2月に初めてインドへミッションを派遣。インド法についても分析を続ける。同時に、日本企業の模倣品対策をやりやすくするためにも、模倣品対策の経営に対する貢献度をできるだけ見える形で作っていきたいと考える。
「数年前、知財がどのくらい企業の利益に貢献できるのかを可視化する試みが提唱され、『知財経営』『知財会計』といった言葉が使われるようになってきた。しかし模倣品対策では、このような発想が浸透していない。実際、企業では、利益への貢献度がはっきりしないという理由で、十分に予算が確保できず、結果として十分な対策が取れない。十分な対策を取っても社内で評価されにくいなどの悩みを聞くことがある。模倣品対策の成果を可視化することで、このような悩みを解決し、企業が必要十分な対策を取れるよう、後押ししたいんです」
知的財産をめぐる重大な国の意思決定で、大臣にレクチャーしたこともある。アメリカが中国の模倣品問題でWTOに提訴。では、日本はどうするべきなのか。国として非常に重要な判断について、意見を求められた。結果、国がどのように意思決定をしていくのか、そのメカニズムを見る機会を得た。
「自分の培ってきた専門性が、日本のために何ができるか、という大きなテーマの中で生かせる。本当にやりがいのある仕事です。官庁で働くというのは、弁護士として国の政策に携われるわけですからね。また、今後の法律家としてのキャリアにも、大きなプラスになることは間違いない。たとえば、中国やインドなどの法律にも精通し、現地弁護士と連携しながら、現地での訴訟などをサポートできる弁護士がいれば稀少でしょう。特に、模倣品対策については、法律分野を中心に、この分野特有の専門性を生かしつつ、ビジネスロイヤーらしいコンサルティングが可能かもしれない。将来の大きなヒントがもらえたと思っています」
今から思えば、法律事務所を離れ、経済産業省で仕事をすることはリスクも高かった。弁護士として、役に立つかどうかわからない数年を過ごすことになるからだ。いろいろと調べたものの、実際にどんな仕事が待ちかまえているか、最後まで具体的にはわからなかった。だが、だからこそ、得たリターンも大きかった。
「最終的には、結局、直感で来てしまいましたからね(笑)。でも直感が、意外にいい決断につながることはよくある。今は本当にいい選択ができたと思っているんです」