留学した08年というのは、折しもリーマンショックの真っただ中。火元の米国でさんざんネガティブ情報に晒されましたから、10年に帰国後も、欧米向けの渉外実務をやっているような事務所に就職の口はないだろう、と考えました。そこで着目したのが中国です。
ロースクールには中国人や韓国人の留学生が、日本人を凌ぐ数、在籍していました。彼らは例外なくアグレッシブで、資格を取って新しいことをやりたい、と夢を語るんですよ。そんな姿を見て、漠然と、これからはアジアだ、と。
それで、日本で中国関連に強い事務所をターゲットに就活することにしたのです。でも、そもそも数が限られるうえに、僕は中国語も話せない。キャストグループに入所できたのは、熱意の賜物だったとしかいえません(笑)。
入所後は、まず国内で日本企業の対中投資がらみの案件などにかかわりました。ただ、やはり中国語が話せないのはネックで、できる仕事は限られるのが実情でした。そんな時、香港に外国法弁護士向けの司法試験があることを知りました。英語で受験できるというので、ならばやってみよう、という気持ちになったわけです。
米国の試験は、大枠が正しければいい点が取れます。ところが、そんな感覚で臨んだ11年は、見事に不合格。12年初めからはグループの村尾龍雄律師事務所(香港)に出向になりましたが、その年もダメ。なぜだ、と英国人家庭教師を雇って、初めて香港の試験は〝大枠〞では合格できないことに気づいたんですよ。ようやく今年、日本国弁護士初の香港弁護士の資格を手にすることができました。
香港に行って実感したのは、法体系も、かつての宗主国、英国に極めて近いということ。ご存知のように、日本のそれは独、仏を模範にした「大陸法」的な要素が強いですから、両者の壁は高い。日本と香港、両方の資格を持つことの強みの一つは、その橋渡しができることだと僕は思っています。
一例を挙げましょう。仕事は、日本からの進出企業に関するものも多いのですが、実は富裕層を中心とする個人の顧客の案件が、このところ急増しているのです。税金が安く金融商品が豊富な香港の銀行に、口座を開く日本人は多くいます。では、名義人が亡くなって、相続のために預金を回収するにはどうするか。日本なら遺産分割協議書を持って銀行に行けばいいのですが、「英米法」の香港では、そうはいきません。遺産管理人がわざわざ裁判を起こし、裁判所の許可を得る必要があるのです。
こういう思考パターンの違いに不理解な弁護士に相談しても埒があかず、結果、塩漬けになっている日本人の海外口座は少なくない。こうした問題は、これからますます増えるに違いありません。
事ほど左様に、日本の弁護士の仕事は海外にある、と僕は思っています。視野を広げれば、マーケットを掘り起こしていけるはず。
偉そうなことを言いましたけど、香港の資格が取れたからといって、すぐに十分な仕事ができるほど、甘い世界ではありません。これから5年、10年と地道に実務経験を重ねて、初めてここで役に立つ弁護士になれるのだと思っています。
環境が厳しいといわれる若い弁護士の方に言いたいのは、「あなたたちには時間がある」ということ。何も香港に限りません。ある国の法を学び経験を積めば、その分野では、確実に仕事として花開かせることができると思うのです。
状況が大変だからといって、「危機感を持ってあくせく働くべき」と僕は言いたくない。誰もやらないところで、時間をかけて仕事を築いていくほうが、ずっと楽しいじゃないですか。