Vol.67
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PIONEERS

病院内弁護士は、院内の法的対応のみならず、健全な病院運営を促す、“要”の存在となり得る

武市 尚子

学校法人東京女子医科大学
医療安全・危機管理部/法務部 次長 弁護士 

#32

The One Revolution 新・開拓者たち~ある弁護士の挑戦~

この10年で組織内弁護士数は急増し、2000名を超えたが、病院や病院を開設する法人に勤務する弁護士は、20名に満たない希少な存在だ。医師と弁護士の連携といえば、医療事故などへの対応がまず思い浮かぶ。しかし、医学博士・研究者から弁護士となった武市尚子氏は、「それ以外にも病院という組織のなかで働く弁護士の役割はたくさんある」と言う。その真意を武市氏に聞いた。

最善の医療確立を後方支援し続ける

病院組織のなかで働く弁護士、いわゆる「病院内弁護士」として、私が東京女子医科大学(以下、女子医大)に勤務し始めたのは2015年。同年、女子医大が医療安全・危機管理部を創設し、弁護士をメンバーに加えようということになり、お声がけいただきました。誘ってくださったのは、私が研究者だった頃に厚生労働省の研究班でご一緒した医師の先生でした。

私は当時、弁護士になって3年目。病院や医師会の顧問を務める所長弁護士のもと、多くの医療事件を経験させていただいていました。そうするうち、患者側、病院側の弁護士という立場に制限されず、病院がよりよい医療を患者に提供するという、医療の本質に貢献したいと考えるようになりました。病院内に弁護士がいれば、法的な観点から病院、医師、看護師、薬剤師、放射線技師など医療スタッフや事務職員のリスクを管理・軽減できることはもちろん、患者側の思いや価値観を院内に伝導する役割を担い、病院経営の質そのものを高めていくこともできるのではないかと。その思いを実現するため、病院内弁護士に転じる決断をしました。

病院内弁護士としての主な仕事は、法人法務(契約書検討、諸規程整備)、一般紛争対応(労務、学務、賃貸借関係など)、懲戒案件、医療法務(医療紛争対応、訴訟管理)、その他法律相談、コンプライアンス教育など。また、医療安全・危機管理対応マニュアルなどの文書整備、事故対応も行います。そうした業務に携わるなか、病院内弁護士として少なからず役に立てたと思えた出来事があります。当院では、患者間違いを防ぐため、フルネームを患者さんに言っていただく運用にしましたが、「個人情報保護法違反ではないか」と主張された患者さんがおられ、事務職員の説明では納得されず、「弁護士と直接話したい」という要望を繰り返しておられました。普段は患者さんと直接お話しすることはありませんが、その時は1時間半かけて法的解釈をご説明し、違法ではないことをご理解いただきました。そして本案件を院内で共有し、プライバシーにも配慮した患者確認の運用改善につなげることができました。患者さんからのご指摘・問題意識を単なるクレームとして捉えず、よりよい病院運営の助けとしていく縁の下の力持ちとして、いい仕事ができたと思っています。

〝院内の異物〞として、できる貢献を模索

弁護士 武市 尚子
東京女子医科大学の創設は1900年(明治33年)。医大として女子のみを受け入れる例は世界でもめずらしい。同院は、1379床を数える大規模な総合病院として知られる

病院内弁護士には、医療の知識よりも、〝病院という組織への理解〞が重要だと、私は考えます。例えば当院には多くの診療科があり、多様なスタッフが働き、様々な価値観が日々交錯しています。そうした病院組織の仕組み・あり方を理解し、法的観点からの解決を軸に職員らの〝異なる目線〞を同じ方向に向けていく、〝院内組織の調整役〞にもなれたらと思っています。

また病院という組織は、いうなれば専門家集団ですから、閉鎖的になりがちで、〝社会とは乖離した価値観〞によって判断してしまう危険性をはらんでいます。そうした組織に風穴を開け、コンプライアンスの観点から病院を守る役割を果たせるのも病院内弁護士に求められる役割でしょう。

では病院内弁護士は、顧問弁護士と何が違うのか。端的に言えば、「いつも医療スタッフや事務職員のそばにいて、いつでも、誰でも、相談できること」でしょう。私はかつて、病院の顧問を務める事務所に勤務していましたが、顧問としてかかわるよりも病院内弁護士は圧倒的に得られる情報量が多い。加えて当院の顧問弁護士の先生からは、「院内に共通言語で話せる人がいる安心感がある」と言っていただきました。顧問弁護士と病院の橋渡し役としても、重宝な存在なのです。

ただ、病院内弁護士が忘れてはいけないのは、「自分は病院のガードマンではない」ということ。院内でトラブルが起きた時、「弁護士に任せておけばすべて解決」という発想が広がると、現場力を弱めることになりかねないからです。病院に属しながら、一般市民である患者側の価値観を伝えることができるのも病院内弁護士。ですから私は、〝院内の異物〞でいいと思っています。結果として、医療スタッフ、事務職員、弁護士が一体となって、病院全体の問題解決力を高め、より高い価値創造をもたらせればいいのです。

病院とは、多様な職種が集まり、一つの事業を行っている特殊な組織といえます。とにかく毎日が〝発見〞の連続です。そういった意味で、病院内弁護士は無限の可能性を秘めた仕事だといえます。病院側が期待するニーズはきっと顕在化していくでしょう。まだまだこの道のパイオニアとして弁護士の活躍のフィールドを開拓していくことができる、やりがいの大きな役割。一人でも多くの読者の方々に、病院内弁護士の存在意義を知ってもらえると嬉しいです。