Vol.87
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PIONEERS

リサーチのあり方を変え、世界を変える――。法律書籍に特化したツール開発に全力を注ぐ

二木 康晴

株式会社Legal Technology
代表取締役CEO/弁護士

#38

The One Revolution 新・開拓者たち〜 ある弁護士の挑戦 〜

法律書籍を用いたリサーチ業務を行うときに、探している情報がなかなか見つからず苦慮したり、書式をいちから作成し大変な思いをした人は少なくないはず。そんな不便や不満を解決しようと立ち上がったのが、二木康晴弁護士だ。

リサーチ業務効率化のフロンティアとして

2018年に株式会社Legal Technologyを起業し、それから1年の開発期間を経て、19年12月、法律書籍を利用したクラウド型リサーチツール「LEGAL LIBRARY」を正式にリリースしました。法律書籍・雑誌、官公庁の資料、パブリックコメントなどをオンラインから“いつでもどこでも自由に検索・閲覧できる”サービスです。『会社法 第3版』『民事訴訟法[第7版]』『個人情報保護法コンメンタール』『ビジネス法務』『ジュリスト』といった法律書籍・雑誌などをデジタルデータ化し、弁護士や企業の法務部などの法律実務家にご利用いただいています。

この事業を始めた理由は、法律事務所勤務を経て参画したコンサルティングファームで多くのリサーチツールを使ううちに、法律業界におけるリサーチ業務の非効率を痛感したからです。弁護士時代、膨大な案件を抱えながら、案件処理のために法律書籍を買いあさり、事務所内にある図書室で夜遅くまで文献調査をすることが日常でした。時には弁護士会の図書館などに赴き、関係しそうな法律書籍を何冊も書棚から持ち出しては、目次・索引から該当箇所を探しました。この状況を打開するために、リサーチ業務の効率化に取り組み始めました。「LEGAL LIBRARY」を通じて、日本中の法律実務家がより本質的な業務に集中することができ、世の中に新たな価値を創出していきたいと考えています。

起業後は、弁護士としての案件は一切受任せず、目の前の事業に専念しました。弁護士の仕事は会社や個人の一大事を扱うものですから、生半可な気持ちで臨むわけにはいきません。自らのリソースをすべてこの事業に注ぎ込むことで、何が何でも成功させようと強く決意していました。周囲からは「せっかく司法試験に合格して弁護士になったのに、なぜ弁護士をしないのか」と聞かれましたが、目指すところは同じではないかと考えています。弁護士を続けていれば、目の前の多くの依頼者を助けることができたかもしれませんが、私一人の手の届く範囲には限界があります。しかし法律実務家のリサーチ業務を効率化できれば、それを通じて、その先にいるもっと多くの方々を助けることができると考えたのです。

出版社とWin-Winの関係構築を目指す

起業当時は、資金も人手もありませんでしたから、とにかく苦労の連続でした。まだプロダクトもない状態で、情熱だけでエンジェル投資家を口説き、エンジニア採用のために自らプログラミングスクールに通い、勉強もしました。ハードルはいくつもありましたが、最大の難関は、法律書籍の掲載許諾でした。起業前に100名近くの弁護士にヒアリングをしたところ、その多くが「ぜひ使いたい」「今すぐほしい」と言ってくれ、このサービスの確かなニーズを確信していたのですが、一方で「なぜこれまで同じサービスがなかったのか。著作権の処理が大変なのではないか」という懸念の声もありました。法律書籍をオンライン上で検索・閲覧できるようにするには著作権の許諾が必須です。しかも法律書籍を出版しているのは老舗の学術出版社が多く、デジタル化はほとんど進んでいませんでした。この状況で出版社へどう交渉していくのか。サービスすらない状態で、いきなり正面から交渉しても相手にされないと考え、法律書籍を執筆している大学教授や大手法律事務所の図書担当パートナーなどに頼み込み、出版社へ取り次いでもらう交渉を地道に行い、一社ずつ開拓していきました。

交渉は一筋縄ではいかず、多くの出版社は「デジタル化によって紙の書籍の売り上げが落ちるのではないか」ということを懸念しました。ただ、デジタルと紙はそれぞれ良さがあるので、デジタルが紙の書籍を代替していくとは考えていませんでした。例えば、六法はe-Govにすべて載っていますが、多くの弁護士が毎年、新しい六法を購入しています。自分が慣れている分野や土地勘のある事項について調べるなら、紙の書籍が手元にあるほうが効率的です。私も会社法の条文であれば「だいたいこのへんにあるな」という直感で紙の六法を開くと、ちょうどよい個所をすぐに開けたりします。企業法務を取り扱う弁護士なら、民法や会社法の書籍は常備しますが、離婚や相続の書籍は揃えていないこともあります。そうした時、「LEGAL LIBRARY」のようなツールがあればすぐに書籍の情報にアクセスできて便利ですし、刑事事件・離婚・相続といったキーワードで検索すると、その分野でよく読まれている書籍をすぐに参照できます。つまり、自分の専門分野は紙で買い続けるため、デジタル書籍との共存は十分可能で、Win‒Winの関係になれることを説明しました。また、法律書籍を購入せずに図書館などで法律書籍の該当個所の数ページだけコピーすることはめずらしくありませんが、このようなコピーは必ずしも出版社の収益にはなりません。「LEGAL LIBRARY」では、利用者の閲覧ページ数に応じてライセンス料を支払うため、これまで出版社の売り上げにできなかった部分を収益化できます。さらに、どの法律書籍のどのページが多く読まれているかといったデータも取れるので、それを書籍やセミナーの企画立案の材料にすることもできます。長い時間をかけて丁寧に出版社のメリットを説明し、粘り強く交渉を続けましたが、契約締結にいたるまでにはかなりの時間がかかりました。起業から1年間は売り上げがまったく立たず、みるみる資金が目減りし、まさに“崖から落ちながら飛行機を組み立てる”という状態。しかし、ようやく出版社の許諾をいただくことができました。「LEGAL LIBRARY」リリースのタイミングで新型コロナウイルスによる緊急事態宣言がなされ、それが追い風となりました。現在、弁護士のみならず企業法務部からの引き合いも増え、提携先出版社もどんどん広がっています。

21年には、この出版社と利用者をつなぐプラットフォームの仕組み(ビジネスモデル)が、「法律専門出版社の利益を確保したまま、デジタル上で専門的な内容を検索できるライブラリとして統合した」と評価され、グッドデザイン賞を受賞することができました。

「LEGAL LIBRARY」は、二木弁護士が目利きした法律書籍・雑誌などをオンライン上で検索・閲覧できるリサーチシステム。リサーチ業務の圧倒的な効率化が図れる

課題を見つけて目標を定めてきた

多くの書籍をデジタル化するなか、大変喜んでいただけたものがあります。民法学の我妻榮先生の『民法講義』は、40年以上前に出版されたシリーズですが、この書籍のおかげで「敗訴判決を逆転することができた」という先生もいるくらいの名著で、図書館で多くの人がコピーを繰り返した結果、テープでつぎはぎの状態になっているような書籍です。「LEGAL LIBRARY」に掲載すると、多くの弁護士の先生方から「我妻民法シリーズの追加はありがたいです」「今日、見て感動しました。本当にありがとうございました」といった喜びの声がたくさん届きました。法律実務家のリサーチに必要な書籍を弁護士である私自身の目で厳選しつつ、名著を掘り起こして掲載していく――単なる便利なリサーチツールではなく、感動を呼び起こすツールとして、多くの方に使っていただきたいです。

法律事務所にいた頃は、M&Aをはじめとする企業法務、訴訟、事業再生案件などを多く取り扱い、コンサルティングファームでは、新規事業の創出、M&A、ベンチャー企業への投資などに携わりました。その後、起業し、今では弁護士業務は行っていません。

私が弁護士になったのは10年以上前のことですが、その当時、自分が将来起業することはまったく想像していませんでした。ただ、司法試験に受かったからといって必ずしも弁護士にならなければいけないわけではありません。時代の動きにあわせて様々なことに挑戦していくというキャリアがあってもいいのではないでしょうか。今、私は、「リサーチのあり方を変える」という目標を掲げ、将来、新人弁護士が「LEGAL LIBRARYがない時代は一体どうやってリサーチしていたのだろうか」というような世界を目指しています。