開拓者たち:2014年11月号 Vol.42

開拓者たち

アトーニーズマガジン 開拓者たち

法律事務所、企業 、行政庁、NPOなどで働く弁護士たち。さまざまな分野へ挑戦し、新たな分野を切り開いている方々へインタビュー。仕事のやりがいや魅力をエピソードを交えながら、 ご紹介していきます。

新時代のWork Front

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弁護士法人キャスト
 弁護士 絹川恭久

日本国弁護士、米ニューヨーク州弁護士、そして現在、日本国弁護士としては唯一の香港弁護士(ソリシター)。絹川恭久氏は「3つの資格を持つ男」である。彼が語る国際弁護士像は、従来のイメージと少しだけ異なる。キーワードは、〝地道に〞そして〝時間をかけて〞。

〝その場の判断〞で沖縄へ、米国留学へ

大学を1年留年して司法試験に合格したのは、2002年でした。翌年4月からの司法修習は、自ら沖縄を希望。旅好きで、日本全国を回ったけれど、沖縄だけは未踏の地、ぜひ行ってみたかった。そんな学生気分の延長みたいな理由でしたが、暮らしてみると、そこには〝東京の理屈〞に縛られない世界がありました。1年では離れがたく、修習後も留まると決め、地元の法律事務所に入所しました。
ボスと僕、2人だけの一般民事中心の事務所でしたが、弁護士を目指してよかったと実感したのは、そこで働き始めてから。例えば、かつての離婚裁判の顧客がふらっと立ち寄って、「先生のおかげで、人生が変わりました」とボスに挨拶していく。身近な人にこんなに感謝されるなんて、理屈抜きに素晴らしい仕事だと思えたのです。
その事務所では、離婚、相続争いから、会社や銀行のための訴訟まで、幅広い事件を扱いました。いろんな年代、立場の方と話をし、解決策を見出していくという作業は、弁護士に求められるコミュニケーション能力を涵養するのに役立った、と感じています。
ただ、2年半ぐらい経った時、このままこの地で独立し、地域密着でやっていくのが自分の本当にやりたいことなのか、という疑問が頭をもたげてきたのです。実は、もともと一度米国に住んでみたいというのも夢だった。このまま流されたら一生無理だと感じ、思い切って留学することを決めました。その後どうするか、といった青写真は一切なし。修習地を沖縄にした時もそうでしたが、その場その場で、何がやりたいのかを基準にすべてを考えていましたね。
憧れの米国では、ロースクールの授業に予想外の苦戦を強いられましたが、どうにかこうにか課題や試験をクリアし、修了。ニューヨーク州弁護士の資格も、無事手にすることができました。

「英米法と大陸法の橋渡し」という価値

留学した08年というのは、折しもリーマンショックの真っただ中。火元の米国でさんざんネガティブ情報に晒されましたから、10年に帰国後も、欧米向けの渉外実務をやっているような事務所に就職の口はないだろう、と考えました。そこで着目したのが中国です。 ロースクールには中国人や韓国人の留学生が、日本人を凌ぐ数、在籍していました。彼らは例外なくアグレッシブで、資格を取って新しいことをやりたい、と夢を語るんですよ。そんな姿を見て、漠然と、これからはアジアだ、と。 それで、日本で中国関連に強い事務所をターゲットに就活することにしたのです。でも、そもそも数が限られるうえに、僕は中国語も話せない。キャストグループに入所できたのは、熱意の賜物だったとしかいえません(笑)。 入所後は、まず国内で日本企業の対中投資がらみの案件などにかかわりました。ただ、やはり中国語が話せないのはネックで、できる仕事は限られるのが実情でした。そんな時、香港に外国法弁護士向けの司法試験があることを知りました。英語で受験できるというので、ならばやってみよう、という気持ちになったわけです。 米国の試験は、大枠が正しければいい点が取れます。ところが、そんな感覚で臨んだ11年は、見事に不合格。12年初めからはグループの村尾龍雄律師事務所(香港)に出向になりましたが、その年もダメ。なぜだ、と英国人家庭教師を雇って、初めて香港の試験は〝大枠〞では合格できないことに気づいたんですよ。ようやく今年、日本国弁護士初の香港弁護士の資格を手にすることができました。 香港に行って実感したのは、法体系も、かつての宗主国、英国に極めて近いということ。ご存知のように、日本のそれは独、仏を模範にした「大陸法」的な要素が強いですから、両者の壁は高い。日本と香港、両方の資格を持つことの強みの一つは、その橋渡しができることだと僕は思っています。 一例を挙げましょう。仕事は、日本からの進出企業に関するものも多いのですが、実は富裕層を中心とする個人の顧客の案件が、このところ急増しているのです。税金が安く金融商品が豊富な香港の銀行に、口座を開く日本人は多くいます。では、名義人が亡くなって、相続のために預金を回収するにはどうするか。日本なら遺産分割協議書を持って銀行に行けばいいのですが、「英米法」の香港では、そうはいきません。遺産管理人がわざわざ裁判を起こし、裁判所の許可を得る必要があるのです。 こういう思考パターンの違いに不理解な弁護士に相談しても埒があかず、結果、塩漬けになっている日本人の海外口座は少なくない。こうした問題は、これからますます増えるに違いありません。 事ほど左様に、日本の弁護士の仕事は海外にある、と僕は思っています。視野を広げれば、マーケットを掘り起こしていけるはず。 偉そうなことを言いましたけど、香港の資格が取れたからといって、すぐに十分な仕事ができるほど、甘い世界ではありません。これから5年、10年と地道に実務経験を重ねて、初めてここで役に立つ弁護士になれるのだと思っています。 環境が厳しいといわれる若い弁護士の方に言いたいのは、「あなたたちには時間がある」ということ。何も香港に限りません。ある国の法を学び経験を積めば、その分野では、確実に仕事として花開かせることができると思うのです。 状況が大変だからといって、「危機感を持ってあくせく働くべき」と僕は言いたくない。誰もやらないところで、時間をかけて仕事を築いていくほうが、ずっと楽しいじゃないですか。

■プロフィール

  • 絹川恭久
  • 弁護士法人キャスト
  • 弁護士(日本/NY州/香港)
  • 1979年10月2日 愛知県半田市生まれ
  • 2002年11月 司法試験合格
  • 2004年10月 司法修習修了・弁護士登録( 沖縄弁護士会・57期)
  • 当山法律事務所入所(沖縄)
  • 2009年6月 ワシントン大学ロースクール修士課程修了
  • 2010年1月 ニューヨーク州弁護士登録
  • 2010年10月 東京弁護士会に移籍
  • 弁護士法人キャスト入所
  • 2014年2月 香港外国弁護士適格試験合格
  • 2014年8月 香港弁護士登録