近江商人の経営哲学、「三方よし――自らの利益のみを追求することをよしとせず、社会の幸せを願う」をグループ企業理念に掲げる伊藤忠商事株式会社。非資源分野を強みとし、“マーケットイン”の発想で事業変革を推進中だ。法務部の仕事を、部長の曽我部雅博氏にうかがった。
「当社には『三方よし』を支える商いの考え方として『か・け・ふ――稼ぐ・削る・防ぐ』という三原則があります。法務部は、このうちの『防ぐ』、主に貸倒損失や減損損失といった“水漏れ防止”を担います。守備範囲はトレード、投資、M&Aなどのビジネス法務、ガバナンスを含めたコーポレート法務、コンプライアンスを含めた内部統制、経済安全保障、貿易管理と多岐にわたります。そうした分野で、正確な事実確認、リスク抽出・分析・評価、リスク低減・回避に向けた対策の提案を行うことが基本的責務ですが、そのうえで、経営からは、“問題解決と危機対応”を強く求められています」
同部が、“問題解決と危機対応”を発揮した例は、2016年~17年独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査を受け、排除措置命令に対応したこと。
「この未曾有の危機に際し、徹底した事実調査を行い、再発防止策を策定し、全社的な意識改革を法務部主導で推進しました。最も大変だったのは、誤った営業感覚・商習慣、変えるべき文化・価値観があることを営業部門に気づいてもらい、実際に行動してもらうことでした。比較的早期に意識改革の手応えを感じることができたのは、これまで当部が営業と一心同体となって様々な事案・問題を乗り越えてきた実績があったからこそだと思っています」
同部が関与する案件は、耳目を集めるものが多い。例えば、日本初の成功例と言われる19年の株式会社デサントに対する同意なきTOB(敵対的TOB)、価格決定裁判が係属中(23年11月現在)の株式会社ファミリーマートへのTOB・非公開化など。それらの事案で法務部はすべての現場に参画し、妥協することなく最後までギリギリの交渉を続けた。
そんな同部が掲げるスローガンは「共に闘い、成長する法務部」。
「当部のルーツは債権回収です。取引先の倒産や貸倒懸念債権発生時の差し押さえ・仮処分・商品引き揚げといった“泥臭い現場”を営業に伴走しながら数多く経験してきたことで、相互の信頼を築いてきました。私たちは、いわば営業という“演者”と一緒にビジネスという舞台に上がり、演者を支え、時には指南し、成功に導く“黒子”だと思っています。スポットライトは当たりませんが、黒子の質が舞台の良し悪しを決める、そういう“黒子の矜持”を持って職責を果たしたいと考えます」