Vol.32
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PIONEERS

年収4億円の地位を捨て、金融ビジネスに挑戦。日本発のヘッジファンドで、世界的プレーヤーを目指す

荒井 裕樹

ブックフィールドキャピタル株式会社
代表取締役 共同最高経営責任者
弁護士

#23

The One Revolution 新・開拓者たち ~ある弁護士の挑戦~

弁護士・荒井裕樹の名が世に広まったのは、東京永和法律事務所に在籍中、所長の升長英俊弁護士と青色発光ダイオードの発明者・中村修二氏の弁護団を務めてから。その後、20代の敏腕弁護士として、法曹界だけでなく、ビジネスの世界でも注目を集める。年収は瞬く間に4億を突破。しかし荒井氏は、突然弁護士活動を休止し、金融工学を学ぶためにアメリカに留学。投資の世界に仕事の場を移した。現在36歳の荒井氏の心を駆り立てている挑戦とは――。

金融への転身を促した2つの大きな理由

私がMBAの取得を目指してニューヨーク大学(NYU)スターン経営大学院に留学したのは2008年6月、31歳の時でした。

専攻は計量金融学。外資系投資銀行に転職した弁護士の話はよく聞きますが、大学院で金融工学を学ぼうという弁護士はほぼ皆無。アメリカの友人から「君はなぜここにいるんだ?」と聞かれたくらい(笑)。「投資にかかわる仕事をするなら、金融の中枢である金融工学を学びたい」と考えただけなのですが、周囲には、かなり〝非常識〞な挑戦と映ったようですね。

法律事務所勤務時代、例えば一条工務店の「法人税等更正処分・重加算税処分取消し事件」で、252億円という史上最高額の納税者勝訴判決を勝ち取るなど、数多くの税務訴訟にかかわりました。その過程で、一代で企業を築き上げた幾多の「カリスマ経営者」に出会い、経営の醍醐味、金融の大切さを学ばせてもらいました。もともとビジネス志向があった私の胸の中で、「ファイナンスと起業」という夢が膨らみ、具体的なかたちになっていったのには、そんないきさつがあったのです。

もう一つ、ネガティブな理由もあります。例えば中村修二氏と日亜化学の「青色LED職務発明相当対価請求事件」。一審では会社側に発明の対価として請求額満額の200億円の支払いが命じられたにもかかわらず、高裁では8億円余に〝減額〞。結局、和解に応じていますが、私に言わせれば、そこに法的なロジックは存在せず、「一人の元社員がそれほど高額な対価を得るのはいかがなものか」という社会的、政治的な空気に流された決定でした。

実際、このように裁判官の偏狭な思考に左右される裁判が、けっこうありますよね。裁判が始まる前から、ジャッジが固まっている。ならば弁護士の存在意義とは何なのか。そんな環境でこの先何十年も働くことに対する疑問が、ビジネスへの興味と反比例して大きくなったのです。

日本に二つとないファンドを運用

NYUでは2年でMBAを取得し、10年に帰国。すぐに本畑弘人とともに、当社の共同最高責任者としての活動を始めました。同時に、法律事務所も併設し、今は私を含め3人の陣容で運営しています。本畑とは法律事務所勤務時代に顧客を介して知り合い、「留学から帰ったら一緒に事業をやりましょう」という約束を交わしていました。

当社の事業には、「投資ファンド」と経営コンサルタント的な「ファミリーオフィス」の2つの柱があります。後者は、経営者個人の資産運用をしつつ、長期的な視点で事業価値の成長を見据え、例えばM&A、人材確保など経営面でのアドバイス、サービスをワンストップで提供するものです。

ファンドのほうは、日本にはほかにないコンセプトだと自負しています。預金のように顧客がお金を引き出したい時にいつでも応えられること、リスクを最少に抑さえながら着実な利益を提供できること。うちの特徴をごく簡単に言えば、以上の2つになるでしょう。

富裕層の多くは「20%、30%の利益を出せ」ではなく、資産を保全したうえで確実に勝っていくことを望んでいるんですね。その場合、従来はいろんなファンドに分散投資したり、国債を多く買ったりすることでリスクを抑制しようという発想がほとんどでした。しかし、複雑なデリバティブの技術を駆使することで、一つのファンドでも投資家のニーズに合ったリターンをつくり出すことは可能なはずなのです。

論より証拠、例えば12年のリターンは8・35%と、厳しい市場環境の中、高い実績を上げることができました。リスクに対してどれだけの収益を上げているのかを計るのに、シャープレシオという指標があります。〝1〞を超えて数字の大きいほうが〝成功〞したファンド。こちらはおよそ1・3という結果でした。この〝1〞を超えているファンドって、世界中に1割程度しかないんですよ。

〝日本発〞であることがわかるように、ファンドには「fujiyama(フジヤマ)」と命名しました。その名に恥じない実績を上げて、世界で通用するファンドマネジャーになるのが、今の目標ですね。投資がみんなの役に立ち、社会の活性化にもつながる。そのことが示せたら、「投資家」の胡散臭いイメージも、少しは払拭できるんじゃないかな(笑)。

気がつけば、おそらく世界で唯一の、弁護士出身の独立系ヘッジファンドマネジャーになっていました。金融商品取引法だけでなく金融商品そのものを理解しているから、今の弁護士事務所でも、その手の裁判では敵なしですよ(笑)。

不合理なものも含めて、マーケットは参加者の行動ですべてが決まる〝超民主主義的〞な世界。そして、様々な専門知識、ノウハウを要する〝総合格闘技〞のようなもの。自己責任の厳しさはもちろんありますけど、その何倍ものやりがいを感じています。

私の場合は弁護士×金融工学でしたけど、イノベーションの芽を秘めた「異分野」って、無数にある。弁護士としての実績を積んだら、別の〝何か〞に挑戦してみるのもいいんじゃないかな。〝オンリーワン〞になる道は、誰にでも用意されている。私はそう思います。