インハウスローヤーの未来に向けて
――会員数は、企業、自治体、NPOなどに所属する弁護士を中心に1919名(21年7月30日現在)と、うかがっています。
梅田:当会の会員のみならず、企業、自治体、学校法人などに所属するインハウスの数は、この20年で一気に増加しました。人数の増加もさることながら、各組織での個々の活躍により、インハウスのプレゼンスも確実に向上しています。実際、法務部長、ジェネラルカウンセル(以下GC)、チーフリーガルオフィサー(以下CLO)といった重要なポジションに就く弁護士も目立ってきました。今後もきっと、インハウスの人数、プレゼンス、処遇・待遇は確実に上がっていくと予想しています。
片岡:同感です。さらにインハウスの未来という点でいえば、3つのキーワードがあると思います。1つめは、「組織の広がり」。国内には上場企業だけで約4000社ありますから、まだまだ伸びしろは大きいといえるでしょう。また、そうした企業だけでなく、スタートアップ企業で活躍する弁護士も増えました。私自身も、再生医療を支援する設立間もない企業のサポートを始めたところです。医療法人や大学をはじめとする学校法人、NPO、国際機関などで活躍する方も増えていますし、今後も新たな活躍の場が創出されていくのではないでしょうか。
――2つめのキーワードは、何でしょうか?
片岡:「組織内の広がり」ですね。“インハウスが毎年100人レベルで増加”というトレンドの始まりは08年頃からです。その当時にインハウスとなった弁護士は、10年以上のキャリアを積んでいることになります。そうした方々が高いポジションにつき、採用権限を持つことで、さらにインハウスの採用が増え、プレゼンスも上がっていく――そんな“組織内の広がり”も期待できます。また、法務部門以外の、例えば内部監査、経営企画、商品開発などでリーガルマインドを生かして活躍する方も増えており、キャリアの選択肢が広がったと感じています。
梅田:確かに法務部以外で活躍するインハウスが増えましたよね。メガバンクや通信事業者などの人事採用担当者に話を聞くと、「法務のプロフェッショナルでいくか、経営陣を目指して経営企画などに進むか。管理職になるタイミングで選んでもらうことをイメージして採用・育成している」とおっしゃいます。管理職になる手前の段階で、本人の適性・意思を踏まえてキャリア選択をしてもらうということです。企業が法務部以外のキャリアをインハウスに期待していることがよくわかります。
片岡:弁護士のポテンシャルの高さに着目した人事ですね。私は3つめのキーワード、「複業化」にも注目しています。インハウスとして勤務をしながら他社の社外役員を務めるという、新たなキャリアの可能性が開けてきています。私も一昨年から副業としてIT企業の社外取締役をしていますし、現JILA理事長の榊原美紀弁護士も、社外取締役を兼務しておられます。インハウスは、リスクマネジメントやコンプライアンスの最前線で仕事をします。そこで培った経験は社外役員の職能に直結するので、インハウスは社外役員を求める企業にとって最適人材といえるのではないでしょうか。
また、インハウスとして働きながら、民事や刑事の個人事件を受任する、複数の企業・組織の法務業務を担うといった方もいます。インハウスは“組織人”でありながら、個人として“プロフェッショナル”ですし、法務スキルの汎用性は高いので、もともと“複業”がしやすい職種だと思います。
――インハウスの活躍の場、可能性がどんどん広がっています。そうした動きに合わせて、JILAは、どのようなかたちで進化していくとお考えですか。
片岡:人数が増えたとはいえ、いまだ“一人インハウス”も多数います。弁護士会全体でみても、インハウスは約7%とマイノリティです。だからこそ、インハウスを組織化し、研修や親睦の機会など、積極的に“知識・経験・情報を共有する場”を提供してきました。これがJILAの原点です。それから、インハウスに関する調査研究も続けていて、例えばインハウスがどの組織に何名所属しているかといった記録は01年からの蓄積があり、それだけでも貴重なデータです。前理事長の室伏康志弁護士と現理事長の榊原弁護士の下では、政策形成のための意見発出にも力を入れています。2000名の組織を維持するための事務局業務を含め、これら全ての機能が会員による無報酬の活動で支えられているのがJILAの特徴です。
つまり“自主性”が会の本質であり、インハウスがやりたいことを実現するためのプラットフォームであると、私は捉えています。ですから、理事長をはじめ、実現したいことのために旗を振ってリードする人によって、活動内容を変えながら、この会は進化していくと思います。
梅田:自主性を旨として、その時の理事長やリーダーの考え方・やりたいことで活動内容を広げていく――私も同感です。今、榊原弁護士はダイバーシティ&インクルージョンなどをテーマとして、意見発出、政策提言を積極的に行っています。「自分たちの手で社会を変えていく」という意識を持ち続けなければならない、と。片岡さんがおっしゃるように、会にはセミナーや交流会、論文執筆の機会提供など様々なメニューがありますが、それだけでなく、情報発信をしていくこと――「何かを変えたい」という意思のある人にとって、使い勝手のいい仕組みやメニューを整備していきたいですね。そんなタイプの方が入会してくれると、JILAの活動の幅もさらに広がると思いますし。ただ、そうした情報発信活動は、賛成意見もあれば反対意見もあるものです。波風立てずにやっていこうと思えば、何もしないのが一番安全。しかし、社会的実在としてこれだけの規模の組織となったからには、会員の一人として「この会の“重さ”に比例した社会的役割をはたしていきたい」と、多くの方が思ってくれているのではないでしょうか。
――昨今のJILA発信の例には、具体的にどのようなものがあるのか、教えてください。
梅田:例えば、昨年の電子署名に関する法改正にあたり、国の検討会に、当会もWeb参加して意見を述べたり、意見書を出したりという動きがありました。
――その件は、オンライングループの事務次長を務めている、渡部友一郎弁護士が中心で進めたと聞きました。
梅田:渡部弁護士は、新・国際規格ISO31022(リーガルリスクマネジメント)についての研究会を立ち上げ、セミナーを開催するなど、会務に積極的に取り組んでおられます。意欲ある方がJILAという仕組みを使い、やりたいことの実現のために取り組む。その活動が社会に何らかの影響を及ぼせば、会としてもプラスになります。
そうした活動の進め方にはいくつか方法がありますが、渡部弁護士の場合、自ら手を上げ発起人となり、研究会を立ち上げ、会のなかからメンバーを募って、その研究会の活動成果を外向きに発信するという方法をとられました。
――そのような研究会の立ち上げには、何らかの手続きが必要となるのでしょうか?
梅田:会のなかで「設立申請書」を用意しているので、書式を整えて事務総長に提出してもらいます。よほど方向性のおかしな申請でない限り、たいがいは通ります。そうして申請が通り、研究会が立ち上がり、予算申請をすれば、必要な予算も提供します。JILAで最初の研究会は、知的財産研究会でした。現在も組織内弁理士協会と協働で勉強会やセミナーを開催するなど、活動を継続しています。
片岡:一昨年の「LGBTカップルの婚姻の権利に関する理事長声明」や今年出した「夫婦別姓制度の導入に関する理事長声明」は、ダイバーシティ研究会が中心となって出したものでしたね。
――理事長・リーダーをはじめ、意欲ある一人ひとりの構成会員によって、会のありようやサポートの仕方も、自在にかたちを変えていくのかもしれないですね。
梅田:そうですね。特に、情報発信や政策提言に関しては、前理事長に続いて現理事長も注力しており、この流れはさらに強くなるでしょう。しかし、先ほどお話ししたとおり、会のなかにも多様な意見があると思うのです。どんな方針・施策にも、賛成・反対がある。そうした時、会という存在として、どのように、その多様な意見と向き合っていくのか――どのように会としての活動に結びつけていくのかという、“JILAのガバナンス”を成熟させていくこと。それが当面の課題だと私は思っています。
片岡:昨年来、JILAのセミナーもオンラインで開催されるようになり、参加者は格段に増えています。一方で、「知識・経験・情報の共有がJILAの原点」と申し上げましたが、それだけなら、今はSNSなどほかの方法があります。それ以外の仲間との交流を、ポストコロナ時代に、どのようなかたちで行うか、模索していかねばと思います。
――JILAは、この20年で、弁護士のキャリアの選択肢を示し、インハウスの存在感を確立してきたといえます。
片岡:あらゆる組織で、“法務機能の必要性の認知度”は高まっています。インハウスのキャリアとしても、かつては片道切符のように言われていましたが、インハウスから法律事務所に転職する方や、独立して事務所を開業する方がめずらしくなくなってきました。法務部門以外での活躍や副業化もそうですが、いずれにしても、インハウスのキャリアの多様性を広げ、キャリアアップを後押しできるような活動を、JILAとしてサポートしていきたいです。
※取材に際しては撮影時のみマスクを外していただきました。