Vol.94
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法務部の陣容は8名(東京コマーシャルオフィス勤務1名、他部署兼務1名を含む)。弁護士は65期の2名が在籍する

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THE LEGAL DEPARTMENT

#165

ネスレ日本株式会社 法務部

個性と特性を尊重した環境を重視し、企業法務部の“最先端”を走る

〝自由度〟が高い法務部

世界185カ国で2000を超えるブランドを展開する世界最大の総合食品・飲料企業、ネスレグループ(本社:スイス)。その日本法人であるネスレ日本株式会社 法務部の美馬耕平氏に、業務の進め方などをうかがった。

「日本の法務部では事業部門ごとの担当制を基本としており、メンバーは各担当事業部の契約書作成、審査依頼、法律相談に対応します。そのほか、定款変更といったコーポレート法務などの専門領域に関する業務も併せて受け持ちます。また、当社ならではの特徴として、消費者に対するコミュニケーションチェックがかなり厳格です。SNSや企業ステートメント、広告宣伝などの対外的な情報発信について他部門と連携しながら、法的リスクを最小限に抑えるべく丁寧にチェックしています」

ポリシーやグローバル共通の業務運用基準、行動規範等は、スイス本社の決定に基づき、日本の法律に照らして判断・運用する。

「他部に比べて法務部は、比較的自由度が高いと思います。会計や人事については、ネスレ全体で共通の考え方や国際的なルールに基づいて運用されており、各国間での違いはあまり大きくありません。一方、法務は、各国の法律だけでなく、文化や常識といった要素も重要な判断基準となり、国の実情を理解した人間による対応が必要とされる場面が多いからです」

美馬氏は、「自由度の高さの理由がほかにもある」と言う。

「例えば、スイス本社は上場していますが、ネスレ日本は外資系の〝非上場企業〟です。ゆえに、株主・アクティビストなどの外部ステークホルダーの影響が日本国内のビジネスに限ると、ほぼありません。もちろん食品を扱う企業ですから厳しい品質管理が求められ、しっかり順守しますが、銀行や保険会社のように強い監督権限を持つ行政機関の規制もない。そのように比較的リスクが低い状況下で当部は仕事ができていると思っていますので、ビジネスに対する直接的な貢献をもっと意識すべきだし、私たちはそれが可能な立場にあると考えます。ですから、グローバルで目指す目的を達成するために、多少のリスクをとってでも、〝攻めのスタンス〟であることを常に意識するようにしています」

  • サーキュラーエコノミーの構築に向けて、製品パッケージのアップサイクルに取り組む同社。一般社団法人アップサイクルに設立企業として参画し、回収した紙パッケージを原料にTシャツやバッグなどを制作するプロジェクトに協力(提供/ネスレ日本株式会社)
  • 営業、マーケティング、生産本部など他部門からの異動者も多い。法務という専門性を磨きつつ、「ビジネスを動かしたい」という意欲の高いメンバーが揃う

ビジネスをともに動かしていく

非上場かつ行政主体からの厳格な規制を受けない〝属性〟の法務部だからこそできる挑戦――〝ビジネスの創出〟に深く関与した事例を、美馬氏にうかがった。

「ある製品のローンチに際し、本社から『サステナビリティ要件を満たさない限り、製品の発売は認めない』という指示がありました。具体的には、製品に使用されるサシェ(飲料等の小袋包装)について、リサイクル可能な仕組みの構築が必須条件とされたのです。しかし日本では、廃プラスチックを含む容器包装は焼却処理が一般的で、回収・再資源化の制度が必ずしも整備されていません。ゆえに、法制度上のハードルが高く、従来のリサイクルスキームでは対応が困難でした。例えば、当社で費用を負担して、消費者から〝使用済みサシェ〟を送り返してもらう方法も考えましたが、産業廃棄物処理法上の規制に抵触する可能性もある。そこで私たちは、使用済のサシェを〝キャンペーン応募券〟として取り扱うスキームを提案。廃棄物の回収ではなく、キャンペーン参加の〝応募アイテム〟と位置付けることにしたのです。これにより法的リスクを回避、所轄官庁にも事前に相談し、『概ね問題なし』との見解を得て、本社に報告。最終的に本社承認を得て、当該製品のローンチを実現しました」

「リサイクルできないならローンチNG」という本社の判断を覆すアイデアを提示した同部。もちろんビジネス部門との協働・伴走があったからこその、成果の一例だ。担当事業部門のメンバーとコミュニケーションをとり、論点を整理し、法的な課題をクリアしていくことは、企業法務部の仕事の醍醐味。事業部門との関係性について、マネジャーの有松真紀子氏は言う。

「数年前まで、『法務部は近寄りがたい』存在だったようです。そこで、まずは親しみを持ってもらうことを重視し、〝入り口〟をフレンドリーに整える工夫をしてきました。例えば、法務観点をわかりやすく学べる動画や、メルマガなどの作成と共有です。そうした小さな一歩を増やしつつビジネス現場に伴走し、成果創出に貢献する仕事に力を注いでいます。結果、『法務部に相談すれば、実行可能なアイデアが見いだせる』と言ってもらえるようになり、少しずつ社内での信頼が高まってきたと感じます」
 
しかし、法務部が直接、売り上げに貢献したと評価されるケースはまだ多くない。有松氏は言う。

「それでも、『ビジネスを成功させたい』という思いは私たちも同じです。たとえ『法務部の担当範囲ではなさそうだ』と感じる相談でも間口を広げて受け止め、課題解決に向けて知恵を絞る――その過程で新たな知識を得たり、他部門のメンバーと信頼関係を築いたりといった経験はかけがえのないもの。目の前の課題に好奇心を持って取り組み、社内外にアンテナを張りながら解決の糸口を探していく。そうした日々の積み重ねが、法務部員のモチベーション向上につながっていると思います」

本社ビルのすぐ隣には、コーヒー農園をテーマにしたコンセプトカフェ「ネスカフェ 三宮」が併設されている。同社のサステナブルな取り組みが体験できる場所(提供/ネスレ日本株式会社)

型にはめることなく個性を尊重する風土

同社では、場所や時間に縛られない自由な働き方を通じて、より高いパフォーマンスを発揮する組織を目指している。管理職や一部の企画職に限定していた裁量労働制を、工場勤務やコールセンターなど一部を除く、非管理職社員にも適用した。

「『法律の観点で社会から非難されない運用を徹底しよう。ルール策定だけでなく、オペレーションもしっかり定期的に見ていこう。それでも労基署に指摘を受けるリスクが生じた場合は、しっかり向き合おう』と、法務部から人事総務本部へ提案し、制度改定が実現しました。今、当社では『成果を出すために時間や場所にこだわらず働くこと』を実践できています。法務部内でも、急な家庭の事情などで席を外す、在宅ワークをすることなどは報告不要です」(美馬氏)

さて、同部はいち早くDXを導入したことで、世の中に知られている。美馬氏は言う。

「リーガルオペレーションズの取り組みの一つとして、まず着手したのがDXでした。リーガルオペレーションズが米国で話題になってきたのが2014年で、当部が取り組み始めたのが15年。ですから、おそらく国内ではかなり早い時期に着手した法務部といえるかもしれません。なお、DX以外のリーガルオペレーションズ――例えばデータ・指標の活用や変革マネジメントなどの実践は、まだまだこれからというところです」

そんな同部の活動は、国内のみならずグローバルにおよぶ。海外で開催される独占禁止法に関するグループ内のカンファレンスなども、「できる限りメンバーも参加してもらい、グローバルとのタッチポイントをつくる」と、美馬氏。

最後に、法務部の今後についてうかがった。

「今後、我々は、単なる法律専門家の役割にとどまらず、多様な判断のプロセスを設計し、経営の意思決定に伴走する存在になることが求められていくはず。その前提のもと、当部では、人材の捉え方において独自の方針をとっています。一般的な法務組織は、属人性を極力排除し、再現性のある体制づくりやサステナブルな運用を重視する傾向があるのではないでしょうか。しかし私たちは、そのように人材を型にはめることはせず、個々人の特性や強みを尊重します。もちろん、法務として最低限担うべきコア業務はありますが、それさえ押さえていれば自由に得意分野を生かして成長していくことを応援します。一律の育成・評価と異なり、各人の特性をどう伸ばすかを考えることは容易ではありませんが、それこそが定型化された法務組織にはない柔軟性の源です。〝個性を生かす組織〟が、これからのあるべき姿だと考えています」