交渉の具体例を一つ。請負型の開発契約で「契約不適合責任を追求できる期間はいつまでか?」といった議論が、ベンダー側にいるとよく生じます。私はその際、民法改正に関する議論(期間制限。目的物の「引渡時」から1年以内が、「不適合を知った時」から1年以内に改正された)に持ち込むのは、よい手法だとは思いません。「ベンダーの開発チームがプロジェクトごとに組成され、開発完了後は解散する」というケースでは、ベンダーが長期の対応責任を負うよりも、成果物について早めに問題点を洗い出して改善するほうが、ユーザーにとっても有意義。特にAI開発技術者はひっぱりだこで、プロジェクトが終わったら抜けて他社に移る(いなくなる)ことも、ままあります。ですから、対応責任の期間を延ばすのではなく、逆に短くして、その代わりに「どのようなフォロー(プロセス・内容など)をベンダーがユーザーに対して行うか?」を議論・交渉し、契約書に落とし込む。そのほうが双方にとって有益であり、ベンダー側もユーザーの信頼を得られます。法律とビジネスの両方を知っているからこそ、Win-Winの関係を構築するための選択肢の提案ができるのです。
専門性の高い契約についても、積極的に取り組んでいます。例えば、「AI開発契約(機械学習技術を使用したシステム・ソフトウェア開発契約)」について。この種の契約では、データを使用した“学習”によって「モデルのパラメータが調整される」という要素が入ります。そのため「学習用データセット」「学習用プログラム」「推論プログラム」「学習済みパラメータ」といった技術用語と、その実質的な意味を正確に理解したうえで、必要な権利を確保し、適切な使用制限を契約書で定めます。例えば、「需要予測」プログラムや「不正検知」プログラムについて、それぞれの事業戦略と知財戦略により、保護すべき知的財産の範囲が決まるため、これを織り込んだ契約書を設計します。当然交渉もサポートしますが、予想される交渉経過をあらかじめ見越したうえで構成を検討します。契約書の作成時点から交渉は始まっています。