弁護士の肖像:2018年1月号 Vol.61

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

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Human History

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井戸謙一法律事務所 井戸謙一

憧れはジャーナリスト。大学時代に進路変更し、司法試験に合格

「社会に出て行く時、何か武器がほしい」――法曹資格はその武器に成りうると考えた井戸謙一は、大学在学中に司法試験に臨み、一発合格。裁判官として法曹界に入ってから、神戸地方裁判所を皮切りに福岡、大阪、山口など、日本各地を転々としながら32年間におよぶ道のりを歩んできた。判決に関与した著名な事案としては、我が国で初の違憲判決となった参議院定数訴訟、住基ネット差止等請求事件、そして志賀原発の原子炉運転差止請求事件などが挙げられる。いずれも、従来の慣習的な枠組みにとらわれず、思い切った判断をしてきた点に〝井戸イズム〞がある。57歳の時、依願退官して弁護士へと転身した井戸は、現在、滋賀県彦根市内に事務所を構えており、原発訴訟を柱としながら市井の事件と日々向き合っている。貫き続けているのは「自分が正しいと信じることをそのままに」という絶対的なポリシーだ。

旧国鉄で最後まで一運転士として働き続けた親父は、国労での活動も貫き通していました。家庭が社会党支持だったから、政府や体制批判の声はよく耳にしていたし、やはり影響を受けたのでしょう……わりに子供の頃から社会問題には興味を持っていました。中2の時だったか、部落問題を取り上げたNHKの特集番組を見たんですけど、この問題を全然知らなかった僕は、「日本にこんなことがあるのか」とショックを受けまして。それから意識していると、大人たちが差別的な言葉を使う場面が実際にあったり、革新的な考え方をしていた親でさえ、どこかに差別意識があるのを知ったりで、憤慨したものです。正月など、集まった親戚と議論をすることも度々でした。大阪府立の…(以下略)

裁判官の道へ。慣習にとらわれない判決を重ねていく

井戸は、その後1年間大学に残って不足単位を修得し、教育学部をしっかり卒業。31期司法修習生として、大阪で修習に入った。セツルメントの経験から、当初は弁護士になろうと考えていたが、ここで井戸は裁判官へと志望を変えている。「大阪の裁判官が、非常に元気で魅力的だった」からだ。

当時、大阪方式、東京方式というのがあって、特に刑事部のやり方は全然違ったんですよ。例えば学生裁判なら、東京の場合は、法廷内で暴れるようなことがあれば警察を入れて追い出し、被告人不在で裁判を進める。対して大阪は「警察を入れたら裁判にはならない」ということで、頑として受け入れなかった。最高裁としては東京方式を望んでいたんでしょうけど、大阪には、「俺たちが正しいと思う裁判をする」、そんな雰囲気があったのです。それは修習生にも伝わってきて、影響を受けたのは確かです。気概を感じ、僕にとってはそれが魅力的に映ったのです。
どんなに弁護士が頑張って訴訟しても、仮に裁判官が聞く耳を持たない、あるいは理解しなかったら、いい結果は出ないわけでしょう。どうしたって、最後を決めるのは裁判官なのですから。修習を通じて、最終的な決定を出すという仕事の意義、面白さも感じていました。弁護士になると二度と裁判官にはなれないけれど、裁判官がダメだと思えばいつでも弁護士になれる。ならば、裁判官をやってみようと。
僕は一癖あると思われたのか(笑)、裁判官にと誘われはしませんでしたが、何とか希望どおりになったという感じでしょうか。修習中に、高名な刑事裁判官である石松竹雄さんから直に心構えを教わったこと、あるいは最上侃二さんが口酸っぱくおっしゃっていた「何より大切なのは裁判官の独立である」という言葉は、ずっと心に残っています。

79年、井戸は神戸地方裁判所に判事補として任官、スタートを切った。神戸地裁も活気にあふれ、裁判官会議ではいつも喧々諤々の議論が繰り広げられていた。いわゆる「シャンシャン会議」ではなく、時には、所長提案を反対多数で覆すこともあったそうだ。その活気は井戸の性に合っていたのだろう、「仕事はとにかく面白かった」。

任官して間もなく担当したのが、76年に起きた神戸まつり事件です。暴走族が群衆を巻き込む格好で起きた暴動で、多くの人たちが負傷し、新聞記者1名が死亡しました。この時、警察の装甲車を押した暴力行為で2人の若者が逮捕拘留されたのですが、取り調べ中に自白があったことから、殺人罪で起訴された。でも、これは別件逮捕拘留中の自白であり、自白調書の取り方が違法だということで、殺人については無罪判決にしたのです。その後、大阪高裁でも判決は維持され、無罪は確定しました。別件逮捕拘留中の自白の証拠能力をどう考えるか、この点を捉えた有名な裁判例の一つとして、今でも取り上げられているので、僕としても非常に印象深い事件です。あと、同様に印象深いのは…(以下略)

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■プロフィール

  • 井戸謙一法律事務所
  • 弁護士
  • 井戸謙一
  • 11954年3月24日大阪府堺市生まれ
    1975年10月司法試験合格
    1977年3月東京大学教育学部卒業
    司法研修所入所
    1979年4月司法修習修了(31期)
    神戸地方裁判所に判事補として任官
    1982年4月甲府地方裁判所
    1985年4月福岡家庭裁判所
    小倉支部
    1988年4月大津地方裁判所
    彦根支部
    1989年4月判事任官
    1992年4月大阪地方裁判所
    (大阪高等裁判所判事職務代行)
    1995年4月山口地方裁判所
    宇部支部(支部長)
    1999年4月京都地方裁判所
    2002年4月金沢地方裁判所
    (民事部総括)
    2006年4月京都地方裁判所
    (民事部総括)
    2010年4月大阪高等裁判所
    2011年3月31日退官
    4月滋賀弁護士会に入会
    井戸謙一法律事務所開設