弁護士の肖像:2018年7月号 Vol.64

弁護士の肖像

アトーニーズマガジン 弁護士の肖像

日本のリーガルサービスを牽引する、著名な弁護士の素顔や仕事観・人生観をご紹介。

Human History

弁護士の肖像

日本組織内弁護士協会(JILA)理事長 榊原美紀

語学力を生かし、英会話学校の講師に。そこで想像した40歳の私

 榊原美紀が、国内ではまだ数少なかったインハウスローヤーとして松下電器産業(現パナソニック)に入社したのは、2003年。やがてそのスキル、あくまで前向きなマインドを武器に、弁護士として稀有な存在である業界のロビイストとして著作権や独禁法関連の法改正論議などにかかわる。そしてこの春からは、企業にとって一層重要度が高まるコンプライアンス部門の責任者に。加えて5月には、会員数約1500人を擁する日本組織内弁護士協会(JILA)の新理事長に選出された。このように日本の企業法務の先頭を走り続けてきた感のある榊原だが、ずっと遡ると「神戸松蔭女子学院大学文学部卒」の経歴が目に入る。バブル期、バンド活動に夢中になり、「関西のお洒落な女子大」に籍を置いた女性が、いかにして法曹を志し、その夢を叶えたのか。まずは、その人生の転機から語ってもらおう。

 1968年、神戸市の生まれです。父は自営業で、自動車関連の会社のほか数軒の飲食店も経営していました。会社員には向かないタイプで、私もかなりそれに近いと感じていたんです。今だって「よく会社勤めができているね」と古い友人に言われるくらい(笑)。
 中高は私立の一貫校で、高校時代には女の子ばかりのバンドを組んで、ライブもやっていました。勉強は、嫌いというか、したことはなかったですね、まったく。推薦入試で入った女子大は、キャンパスも華やかで新しい友達もたくさんできて、それはハッピーでした。ただ、中には大阪大や神戸大を落ちて泣く泣く入学してきたような、真面目に勉強するタイプの同級生も。私、そういう子たちとも仲良くなって、よく映画を観に行ったりしていたんです。…(以下略)

法律事務所で海外留学。そこで知った〝グローバリズム〞

 司法修習時代、進路を企業法務に定めたのは、「格好いいし、英語が使えるし」という程度の軽い理由から。当時、関西では企業法務を扱う事務所は限られていたが、英語が話せる弁護士もまた貴重な存在だった。97年4月、榊原はセンチュリー法律事務所の一員に。晴れて法曹としての一歩を踏み出す。

 事務所では、株主総会、知財関係などへの対応だけでなく、海外企業とのライセンス契約、合弁会社設立のお手伝いなど、実に様々な案件にかかわらせてもらいました。「お姉ちゃん、ほんまに弁護士さん?」なんて言う社長さんも中にはいましたけど(笑)、仕事が認められ「週1回来てほしい」と依頼してくれた上場企業も。今から考えると、インハウスの先駆けみたいなことをやっていたわけです。
 この頃印象に残っている仕事の一つに、PL(製造物責任)訴訟があります。被告側代理人として裁判をやっていたのですが、大阪弁護士会の「PL110番」の弁護士募集を知り、勉強になりそうだと思って申し込んだのです。弁護士会に待機して、バンバンかかってくる電話に対応するという。そうしたら…(以下略)

■プロフィール

  • 日本組織内弁護士協会(JILA)理事長
  • パナソニック株式会社 リスク・ガバナンス本部
  • フェアビジネスサポート部 弁護士
  • 榊原美紀

  • 1968年1月6日兵庫県東灘区生まれ
    1992年3月神戸松蔭女子学院大学
    文学部英米文学科卒業
    1994年10月司法試験合格
    1997年3月司法修習修了
    4月弁護士登録(大阪弁護士会・49期)
    センチュリー法律事務所(現L&J法律事務所)入所
    2000年3月神戸大学大学院 法学研究科修士課程修了
    2001年6月ボストン大学ロースクール(LL.M.)修了
    2002年9月フレッシュフィールズ ブルックハウス
    デリンガー法律事務所入所
    (第二東京弁護士会に登録換え)
    2003年1月米国カリフォルニア州 弁護士登録
    10月松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)入社
    2018年5月日本組織内弁護士協会(JILA) 理事長就任