同事務所では、主に相続や離婚など個人の案件と、顧問業務を中心とした企業法務を取り扱う。後者との相談にはビジネスチャットツールを用いており、「日々、顧問先からスピーディに、たくさんの質問が上がってきます」と、中山恵弁護士。中山弁護士は同事務所創設間もない頃に入所し、現在は顧問業務チームの責任者として活躍する。菰田弁護士は言う。
「案件の処理方針など最初の部分は私もアドバイスしますが、その後の顧問先管理は基本的に中山にすべて任せています。中山以下、メンバーが実務を担当し、私はお客さま全般、特に企業経営者との個人的な信頼関係づくりに注力するという役割分担です」
そんな菰田弁護士が、事務所創設以降、会ってきた経営者の数にはおどろかされる。
「一人の経営者と会ったら必ず、『あなたが尊敬している経営者を二人紹介してください』とお願いして、さらに別の経営者との面談の機会を得る。先日、名刺管理アプリで確認したら、独立してから8年で9800名を超える経営者の方々とお会いしていました」
菰田弁護士はそうやって、多くの先輩経営者から、“人の縁を大事にすること”や“経営者としての心得”などを学んできたという。
「私は、お客さまに社労士、税理士としても応対しているせいもあり、“弁護士”という意識が薄く、何か別の新しい職業だと思ってやっています。強いていえば“一経営者”でしょうか。そして、そんな自分の役割を全うしていくには、信頼して実務を任せられるメンバーの存在が必須なのです」
そのような人材を育成するのは容易なことではない。同事務所で取り組んでいることを、いくつか教えていただいた。一つは、詳細な報酬規程の運用だ。
「当事務所では、全60ページにおよぶ報酬規程をオリジナルで作成しています。新人や中途入所者は、この“サービスラインナップ”をロールプレイングなどで繰り返し訓練し、頭の中に叩き込みます。私たちの仕事は、いわば“無形のサービス”。お客さまに不安のない状態で契約を結んでいただくには、全サービスが可視化されていることが大事です。そして、それをきちんと把握して、説明できる弁護士であることが基本。“お客さまにとって必要なものは何か”、“何があれば便利か”といった、“顧客の視点に立つ力”を鍛える一つのツールとして、当事務所では報酬規程がその役割を果たしているわけです」(菰田弁護士)
「いくら弁護士が“うまく解決できた”と思っても、お客さまの気持ちと乖離していては意味がありません。私も『君がどう思うかはどうでもいい。それはお客さまにとって本当に納得のいく結論か』といったことで、よく菰田に叱られました(笑)。例えば、お客さまへの報告書は、弁護士が書きがちな長文ではなく、パワーポイントでビジュアル的に見やすく整理されたものを作成します。そうやって案件の結果以外の部分でも、お客さま視点できめこまやかに配慮することの大切さや、本当の意味での顧客満足は何かなど、今も勉強する毎日です」(中山弁護士)
勉強会については、知識よりも“人づくり”を重んじる。その理由を菰田弁護士に聞いた。
「極論ですが、知識的なことや実務的なことは、そのつど周りに聞き、書籍を読み・調べて、自分で勉強すればいいと私は思います。当事務所では、そのための時間を“人間力を高めるための勉強会”の時間に充てています。毎回進行役を決め、それぞれがテーマを考えます。例えば私が担当した回では、『あなたの名刺に“日本一〇〇な弁護士”と入れるなら、何と入れる?』、『そのキャッチコピーは20年後、どう変化していたらいいと思う?』といったことを、一人ひとりに投げかけて、答えてもらう。各メンバーの“根っこ”にある思いや大切にしていることなどを引っ張り出して、自分自身や仲間のことを知ろうという目的です。私たちの仕事は、お客さまの人生をより豊かにしていくこと。知識があっても、人としての器が小さいと、お客さまからの信頼は得られません。弁護士以前に素晴らしい人間として信頼されるよう、そんな機会をつくっているのです」