現在、金融庁検査局にいる弁護士は7名。金融機関に立ち入り、法令等順守態勢や顧客保護等管理態勢などの検査のほか、金融検査マニュアルの改訂作業や検査官からの法令照会について検討などを行っている。
「一般的には、クライアントとのやりとりでは、弁護士ということである程度信頼してもらえるところがあります。しかし検査官の立場だとそうはいきません。現在の金融検査では、金融規制の質的向上を進めるため、金融機関の自主的な改善につながる問題に焦点を当てた納得感の高い検査が重要になっています。一方的に押し付けるような検査をしても金融機関から納得を得られません。ですから、金融法令に関する深い理解を有することのみならず、双方向の議論を尽くす中で真に納得してもらえる、高いコミュニケーション能力が重要なのです」
ちなみに検査局での任期中は、弁護士として法廷に立つことはない。当然、準備書面、証拠調べ、証人尋問など弁護士の実務からは遠ざかる。弁護士として、そういう面でのリスクも少なからずあるのではないか。
「現在検査局にいる弁護士たちは、ここへ来るまでは収入的にもある程度安定していたと思います。それを一度リセットするわけですから、かなりの覚悟を持って臨んでいるのではないでしょうか。だからこそ、周りの弁護士のモチベーションはとにかく高い。検査局での業務を通じて何かの形で社会に貢献したい、自分のスキルをアップさせたいなどの思いが強い方が多いように感じます」
昨年の7月からは、鍬竹氏らが提案した新しいプロジェクトが動き始めている。より効率的で質の高い検査を、弁護士の専門的な見地からアドバイスするという取り組みだ。
「実現するまでには当然慎重な検討と折衝を繰り返しますが、必要性や合理性のあるものであれば、たとえ下からの提案でも受け入れる土壌が検査局にはあります。出向前は、金融庁はもっと堅いイメージでした。しかし入ってみると意外にも風通しがよい上に明るく気さくな方が多いので、職場の環境はとても良好です」
とはいえ、リーマンショック以降、金融庁内でも対策や制度面で激しい動きがあった。
「まさに、この瞬間を間近で経験したのは貴重な経験でした。私自身の当初の目的は、行政側から見た金融法令の運用を身に付けて、民間に戻ったときに適切なアドバイスができる存在になるというものでした。いま、出向して思うことは、民間に戻った後に行政側の視点を理解した上でアドバイスを行うことは、民間の金融機関にとっての利益に資するのみならず、ひいては金融規制の質的向上、国民経済の健全な発展にもつながるものであるということです。ここで身に付けたスキルに対する使命を常に意識しながら、業務に取り組んでいくことが大切だと思っています」