IT、エネルギー、インダストリー、モビリティ、ライフ、オートモティブシステムの6つの分野において、「社会インフラをDXする、社会イノベーション事業のグローバルリーダー」を目指す株式会社日立製作所。世界各国の拠点に所属する従業員約37万人の過半数が海外で、国、地域をまたいで事業を展開する。チーフリーガルオフィサー(CLO)兼ゼネラルカウンセル(GC)の児玉康平執行役常務に、同社法務本部の使命と目指すべき未来の姿を聞いた。
「当本部のミッションは、社業を成功に導くパートナーとして、経営に貢献すること。そのためにメンバー一人ひとりが真の“ネゴシエーター”となること。これが、私たちのチームが目指すべきかたちです」
児玉氏は1990年代に、インハウスローヤーとして法務部門から初めての海外出向を会社に直訴して実行した人物。
「14年間のアメリカ勤務を経て帰国し、“日本企業らしい法務”に携わってきたメンバーや弁護士と話していた時、『日本の法教育はオールオアナッシングだ』と、改めて気づきました。それは100点満点を取るためにリスクを取らないという考え方。例えば『リスクがあるから、契約書のこの条項は削ってください』と進言するだけなら法務の存在は不要です。契約交渉では、落としどころが20点、50点、70点など様々あるもの。“ゼロイチ”ではなく、例えば落としどころは60点でも、プロジェクト自体の到達点は高まるというソリューションを出せる人が望ましい。つまりリスクテイキングのアイデアを豊富に出せる人材が真のネゴシエーターになれるのです」
児玉氏の言うネゴシエーターとは、「頭のなかにすべての法務知識を詰め込み、ビジネスを深く理解し、それをもって丁々発止の契約交渉を現場でできる人材。結果、事業ラインからの信頼が厚く、『交渉に一緒に来てくれ』と声がかかる人材」とのこと。その育成のために同本部では2つの“原点回帰”と呼ぶ取り組みを進めている。
「1つ目は、基本的にM&A以外は、我々法務本部スタッフは海外案件にしばらく手を出さず、日本法務のエクスパティーズをもう一度全員で見直し、日本法務のエキスパートになろうということ。2つ目は、国内の契約に精通し、多様なリスクテイキングができるようになるということ。すなわちチームメンバーに要求するのは、日本法務に特化せよということ。こうしたドラスティックなアプローチは、多くの企業が目指すグローバル法務とは逆行するかもしれません。しかし、どんなに優秀な法務メンバー・弁護士でも、現地法に精通する現地ローヤーには敵いません。逆にいえば、日本法に精通した日本の法務メンバーならば、『日本の案件は自分たちに任せろ』と言える。ゆえに中途半端に海外案件にこだわらず、今一度、日本法・国内法務周りを徹底しようと伝えています。日本の市場は高齢化が進み、シュリンクすることが見込まれます。日本企業は、グローバル市場でこれまで以上の熾烈な戦いを迫られるでしょう。その時に、中途半端なやり方で法務が仕事をしていてはマイナス要因になりかねない。知ったかぶりは絶対にしてはいけないことだし、ジュリスディクションの違うところで勝負すべきではない。日本企業の法務・法務部は、実はそこに鈍感だと私は感じています。ですからグローバリズムを加速化するには、まずは“自国のプロに立ち返ること”が大切だと考えるのです」
国内に限らず、世界の各拠点でも同様の施策を取る。海外の各拠点にGCを置き、児玉氏がCLOとして彼らを束ねるかたちだ。
「2021年7月、米国のグローバルロジック社を、当社として過去最大規模の金額で買収しました。同社のデジタル技術は当社事業とのシナジーが高いと判断して行ったものですが、従来のように日本に軸足を置いて海外進出する“輸出型”ではなく、現地でのマネジメントを強化します。世界中にこのやり方を可能とする拠点があり、各国法に精通した現地法務チームおよびGCを置いています。また、新たな中期経営計画が発表されるタイミングに合わせて正式にレポートラインを整理し、世界中で起きる法務イシューを、CLOである私が常に把握し、グローバルマネジメントできる体制が整いつつあります」