“事業に伴走する法務”であるためには、「①ガーディアン機能、②ナビゲーション機能、③クリエーション機能という3つの側面を重視する必要がある」と、大久保氏。①は当然のこととして、特に重要なのは②と③だ。これらについて、菊地耕一氏と西田哲氏に、具体例を交えて説明いただいた。
「コンプライアンス対応や法律相談など一般的な法務業務が日常的にある一方、“宇宙活動(事業)に関する法務”ゆえに、スペースデブリの問題や月・火星における宇宙資源の扱いなど、新たな“宇宙法の論点”にぶつかることも。宇宙活動は、宇宙条約をはじめとする国際宇宙法やその他の国際ルールを順守して進める必要がありますが、国際ルールは技術の進歩や事業進捗に追いついていないのが現状です。例えば、多数の人工衛星で構成されるラージコンステレーション事業に伴うスペースデブリ問題など、既存のルールのもとでどう対応していくかは、研究開発の最前線に立つエンジニアや研究者と“地に足のついた議論”を行い、解決に導いていく必要があります」(西田氏)
JAXAでは研究者・エンジニアが研究開発の主体となって、新たなミッションや事業を検討・推進している。その際、不可欠となる国内の業法や国際ルールの知識・専門性などは、法務担当者に頼られる。「障害となる芽をあらかじめ摘んで、リスクテイクの判断材料を提供する。問題の顕在化の可能性を察知すれば、防止の手立てを提案する。問題が顕在化すれば対処方法を提案する」ことで、事業に伴走しているのだ。
「日本がよりスムーズに宇宙活動を行うために、 宇宙を持続的に利用できるようにするためには、国際的なルールメイキングが重要です。我々は宇宙法のエキスパートとして、NASAやESAなど海外機関とも協働するなどして、政府の活動支援を行っています。国際宇宙基地協力協定や、アルテミス合意、日米間の月周回有人拠点に関する覚書といった各種合意などへの関与がその一例です。また、宇宙法の論点について国際的に議論する場である、国連宇宙空間平和利用委員会法律小委員会における、日本政府の対応なども支援しています」(菊地氏・西田氏)
海外の宇宙機関と協定案を交渉するにあたり、スペースデブリの低減に関する条項や、探査の対象天体の環境を、地球から運搬される微生物や生命関連物質による汚染から保全するといった惑星保護に関する条項、宇宙遺産の保全に関する条項など、これまでなかったタイプの条項も出てきている。そうした新たなルールを踏まえて、事業を“ナビゲーション”し、新たなルールメイキングである“クリエーション”にもかかわれること――これらがまさにJAXAの法務担当者の仕事の醍醐味といえそうだ。近年は、民間事業会社の宇宙活動への進出も目立つ。菊地氏は、「それに伴い、我々も進化していかなければならない」と語る。
「新興国の宇宙機関が新たに宇宙開発を始めたり、“ニュースペース”と呼ばれる新興宇宙企業が登場したり、大手企業が宇宙事業に参入したり。そうした新たなパートナーとのプロジェクトや共同研究などが増えてきているため、これまで“宇宙は特殊な世界だから”という理由でなんとなく認められてきた業界特有の慣習について、再検討する必要も出てきています。例えば宇宙業界で一般的に用いられる契約条項(損害賠償請求権の相互放棄に関する条項など)について質問を受けたり、難色を示されることもあります。また、日本国内では2016年に、宇宙活動法と、いわゆる衛星リモートセンシング法の“宇宙二法”が成立しており、様々な観点で法的理解をしていなければ、宇宙活動が実施できないという状況です。さらに、国際的には、法的拘束力のないソフトローも含めてルールづくり・整備の検討が進んでいます。こうした宇宙に関する法的側面をしっかりとらえて対応していける弁護士など法律の専門家の育成、その活躍が期待されています」(菊地氏)