Vol.87
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法務部の陣容は、海外駐在中のメンバーや出向中のメンバーも含めて、100名弱。なお全社的にも、同部に在籍する女性総合職の割合は高い。中国、英国、米国、オーストラリアなどからの出向者受け入れもあり、クロスボーダーな組織

法務部の陣容は、海外駐在中のメンバーや出向中のメンバーも含めて、100名弱。なお全社的にも、同部に在籍する女性総合職の割合は高い。中国、英国、米国、オーストラリアなどからの出向者受け入れもあり、クロスボーダーな組織

THE LEGAL DEPARTMENT

#144

伊藤忠商事株式会社 法務部

黒子の矜持を持って現場主義に徹し、「共に闘い、成長する法務部」であり続ける

問題解決と危機対応が使命であり原点

近江商人の経営哲学、「三方よし――自らの利益のみを追求することをよしとせず、社会の幸せを願う」をグループ企業理念に掲げる伊藤忠商事株式会社。非資源分野を強みとし、“マーケットイン”の発想で事業変革を推進中だ。法務部の仕事を、部長の曽我部雅博氏にうかがった。

「当社には『三方よし』を支える商いの考え方として『か・け・ふ――稼ぐ・削る・防ぐ』という三原則があります。法務部は、このうちの『防ぐ』、主に貸倒損失や減損損失といった“水漏れ防止”を担います。守備範囲はトレード、投資、M&Aなどのビジネス法務、ガバナンスを含めたコーポレート法務、コンプライアンスを含めた内部統制、経済安全保障、貿易管理と多岐にわたります。そうした分野で、正確な事実確認、リスク抽出・分析・評価、リスク低減・回避に向けた対策の提案を行うことが基本的責務ですが、そのうえで、経営からは、“問題解決と危機対応”を強く求められています」

同部が、“問題解決と危機対応”を発揮した例は、2016年~17年独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いで公正取引委員会の立ち入り検査を受け、排除措置命令に対応したこと。

「この未曾有の危機に際し、徹底した事実調査を行い、再発防止策を策定し、全社的な意識改革を法務部主導で推進しました。最も大変だったのは、誤った営業感覚・商習慣、変えるべき文化・価値観があることを営業部門に気づいてもらい、実際に行動してもらうことでした。比較的早期に意識改革の手応えを感じることができたのは、これまで当部が営業と一心同体となって様々な事案・問題を乗り越えてきた実績があったからこそだと思っています」

同部が関与する案件は、耳目を集めるものが多い。例えば、日本初の成功例と言われる19年の株式会社デサントに対する同意なきTOB(敵対的TOB)、価格決定裁判が係属中(23年11月現在)の株式会社ファミリーマートへのTOB・非公開化など。それらの事案で法務部はすべての現場に参画し、妥協することなく最後までギリギリの交渉を続けた。

そんな同部が掲げるスローガンは「共に闘い、成長する法務部」。

「当部のルーツは債権回収です。取引先の倒産や貸倒懸念債権発生時の差し押さえ・仮処分・商品引き揚げといった“泥臭い現場”を営業に伴走しながら数多く経験してきたことで、相互の信頼を築いてきました。私たちは、いわば営業という“演者”と一緒にビジネスという舞台に上がり、演者を支え、時には指南し、成功に導く“黒子”だと思っています。スポットライトは当たりませんが、黒子の質が舞台の良し悪しを決める、そういう“黒子の矜持”を持って職責を果たしたいと考えます」

株式会社ファミリーマートと共同で大画面デジタルサイネージを活用したメディア事業を展開。“マーケットイン”の発想による事業例(写真提供:伊藤忠商事)

徹底した現場主義を守り続ける

同部の安全保障貿易管理室長兼企画統括室長の太田頼子氏にも、印象に残る仕事をうかがった。

「あるTOB案件で、当社側ではない関係者の中にインサイダー規制違反の疑いが生じました。証券取引等監視委員会の調査で、時系列で全過程を振り返りながら、法務メンバーがほぼ全てのプロセスに関与していたことを、あらためて認識・確認。調査の趣旨とは全く異なる観点ではありますが、まさに“営業に伴走する法務”の実践を実感できた案件でした」

太田氏は、事務職として入社した数年後、総合職に転換し、国内グループ会社への出向後、室長を務め、社内他部署を経て、現在は2室の室長となった。

「総合職への転換後、入社間もないうちから、債権回収先に営業と2人で出向き、『資金がない』という債権回収先の方に、支払い方法や計画の立て直しを提案したり、交渉したり……それらは、教科書では決して学べない貴重な経験でした。今思うと、経験の浅い自分を現場に出してくれた先輩たちのおかげ。万一失敗したらカバーしてくださる前提だったのでしょう。今もそうした法務部の気風は変わりません。“人を育てる風土”が根づいているのです」

また、キャリア入社である同部企画統括室長代行兼コンプライアンス室の髙橋真由美氏は、出向先の国内子会社で、コンプライアンス課の立ち上げに尽力。

「伊藤忠の法務部からの出向は自分のみ。相談できないケースも多々あり、自分で考えた答えを出向先の経営陣に直接説明する経験をしました。そういった経験の積み重ねが、自分を鍛えてくれたと思います。現在は本社の法務部メンバーとして、子会社にコンプライアンスの観点から様々な要請を行っています。出向経験のおかげで、立場が違えば受け止め方が違うこと、現場にどのような声があるかも知ることができました。そんな違いを知る自分だからこそ役に立てることはないか、考えながら業務に臨んでいます」

「『待つのではなく、自ら動いて情報を現場に取りに行こう。そして正確な事実確認をしよう』と、メンバーによく伝えています。現場が持つデータやニーズを拾わなければ、実効性のある支援・牽制や、現場に根づく生きた制度やルールはつくれません。また、正確に“商い”を理解し、営業の意図や戦略をしっかり把握しておかないと、リスク分析を誤ります。平たく言えば“現場主義”が最重要ということです」(曽我部氏)

若手メンバーの教育はOJTが基本だが、投資基準やサステナビリティなどのテーマを横断的に学べる人材育成プログラムに加え、話し方・資料作成を含めたプレゼン力を鍛える外部セミナーなども用意

個人の成長を後押しする人材育成

法務部は、繊維や機械などのセグメント別に取引法務を担当する第一~第四法務室と、大阪法務室、企画統括室、コンプライアンス室、貿易・物流統括管理室、安全保障貿易管理室の9室体制を敷く。法務室は、国内外問わず担当事業の法務を所管する“縦割り”のため、バーチャル組織である分野ごとのワーキンググループを設置し、“横串”の強化を図る。

「大別して会社法、金融商品取引法、競争法などの法分野をウォッチするグループと、アジア、中国、欧州、北米などエリア別に各国法域の動向をウォッチするグループの2種があります。各グループのリーダーに中堅メンバーを配し、リーダーシップを養う訓練の場にもしています」(太田氏)

法務部では、入社後概ね2年ごとに複数のビジネス領域の法務を担当後、海外での実務研修やロースクール留学など様々な機会を通じ、組織長になるための経験を積む。社内人材交流による他部署への異動、国内グループ会社への出向、米国・英国・中国などでの海外駐在と、キャリアを磨くための多彩な機会が用意されている。

最後に、人材育成に関する考えを、曽我部氏にうかがった。

「部のスローガンにある“成長”は、会社・組織・個人の成長の3つを指しますが、なかでも私は個人の成長を重視しています。商社は“人がすべて”ですから、新卒、キャリア入社を区別することなく、法務のバックグラウンドを持った“商人”として育てていきたい。商社の仕事の一番の醍醐味は、“変化すること”だと、私は思います。特に当社は、社会が求めるものを先取りして柔軟に業態やビジネスモデルを変革し、組織体制を変えることによって成長を実現してきました。事業にしても個人のキャリアにしても、“先が見えないから面白い”のです。事実、当部のキャリアは法務部長がゴールではありません。私の先輩である元・前法務部長は、当社役員として広報部長や東アジア総代表で活躍しています。全社の経営サイドへ進む道も今の若手メンバーには見えてきているはずです。メンバー全員のリーダーシップの醸成を含め、個々のキャリアプランを意識した人材育成をしっかり進めていきます」

労働生産性と働きがいの向上を目的とした「朝型勤務制度」を、2013年から継続。写真は、朝早く始業する社員への朝食提供の様子(写真提供:伊藤忠商事)