日本経済新聞の「2007年に活躍した弁護士ランキング」によれば、企業法務部門第1位に選ばれたのは、岩倉正和弁護士。岩倉氏はそれ以前の調査でも常に10位以内に入っており、このランキングの常連ともいえる。
そんな岩倉氏の名前がより広くマスコミで伝えられたのは、07年のブルドックソースによる敵対的TOBへの対抗策の導入と実行、および差止仮処分訴訟の代理においてだった。
「ブルドックソース事件では、非常に有名なアクティビスト・ヘッジファンドが突然何の前触れもなくTOBをかけてきました。ブルドックソースが質問書を提出し、その意図を聞いても何も返ってこない。普通なら、買収した後にどんな経営方針を取るつもりなのかは最低限説明してくるものです。ですから、これはちょっと特殊な敵対的買収事件でしたね。ブルドックソースからは、約5年前より相談を受けていました。同ファンドが、ちょうどある企業にTOBをかけた頃で、同様に株式5%超を保有している約30社の中の1社が、ブルドックソースだったのです」
敵対的買収に対する企業買収防衛策は、ニッポン放送など導入側企業が続けて裁判に負け、実施できないままに終わることが多かっただけに、岩倉氏の動きは注目を集めるものとなっていた。
「裁判には勝ちましたが、それが普遍的な意味を持つとは考えていません。よく誤解されますが、私はそもそも『敵対的買収防衛策』の導入は好きではありません。基本的には、会社が収益力を上げ、企業価値を高め、IRを通じて株主に対して適切な還元を行う。同時にM&Aや設備投資を行って株価を上げていく。これが買収防衛策の王道であり、本来のビジネスの王道だと思っているからです。そうした意味では、ブルドックソースからご依頼いただいた時期は、買収されやすい危ない状況ではありました。私たちは、企業価値を高める必要性と施策についてアドバイスをし、増配や設備投資、M&Aを行なって、PBRを0・6から約1・4まで向上させていました。こうした取り組みを強化し、さらに企業価値を上げていこうという矢先の、突然のTOBだったのです」
TOBに対してブルドックソースは、新株予約権割り当てを軸とする対抗策を取ることになるが、その背景には企業側と、岩倉氏の熱い思いが隠されていた。
「社長以下取締役会全員が、『こんな状況をずっと続けていくのは嫌だ。断固、闘う』と決め、『岩倉先生、裁判で絶対に負けないものにしてください』とおっしゃった。依頼者がそこまで腹を括って臨むならば、私も同じ思いで挑もう、そう決意させられました。ニッポン放送事件からの一連の裁判例は見ていましたから、とにかく『勝てるスキーム』を構築しようと試行錯誤した結果が、新株予約権無償割り当てを軸にした一連の対抗策でした。依頼者から、裁判で絶対負けないものにしてくれと言われたわけですから、『弁護士として依頼者の利益を守り、法的正義をはかるためにどう戦うのか』に対する一つの答えを、人智を尽くして出したということです」
もちろん、すべてに完璧なものはない。当然、対抗策には強いところ・弱いところがあり、テクニカルな面では若干心配をした部分もあったという。事件を振り返ってみて、岩倉氏としては「特別決議が必要だ」という判決が出た部分が一般化されることには、面映ゆい気持ちもあるようだ。
「なぜなら、自分の作ったスキームが『絶対』とは決して思っていないから。日本の会社法実務での、私なりの一解釈を提示したに過ぎないからです。思うに、依頼者にとっては、その事件こそがすべて。私にとっては、個別事件において、どう勝つかが重要なのです」