Vol.83
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PIONEERS

“飲食×弁護士”というブルーオーシャンを発見。
“飲食法務”を社会に広げ、業界のプレゼンスを高めたい

石﨑 冬貴

法律事務所フードロイヤーズ
代表弁護士/社会保険労務士

#36

The One Revolution 新・開拓者たち〜 ある弁護士の挑戦 〜

飲食業界の仕事は、この先、AIやロボットが台頭しても消えることはないと言われる。そのとおりポテンシャルが高いマーケットのはずだが、同業界と弁護士の接点は意外と少ない。この業界におけるリーガルアクセスの少なさに風穴を開けるべく奮闘しているのが、石﨑冬貴弁護士だ。飲食業界への特化を早くから標榜した理由、“元祖フードローヤー”と呼ばれるようになった経緯などを、石﨑弁護士に聞いた。

司法改革以降の弁護士ならではの発想

弁護士になったのは、新司法試験施行後です。「どう自分を特徴づけて、弁護士として飯を食っていくか」を真剣に考えないと、生き残れないという危機感があったので、専門特化は大前提でした。

修習生の時点で、過払い、交通事故、離婚、相続などに特化している弁護士はたくさんいたので、“次の次”を考えなければ遅い。インターネットで“IT×弁護士”“医療×弁護士”などと検索したところ、“飲食×弁護士”だけは見つけられなかった。仕事で協力することもある黒嵜隆弁護士が、サイト上で“飲食業サポート”を掲げておられたくらいです。「ここなら先駆者はいない。飲食×弁護士でWebサイトをつくったら今なら検索1位だ」と(笑)。

そもそも私は飲食業が好きで、「いつか自分の店を持ちたい」と思い、学生時代は焼き肉店でアルバイトもしました。だから、飲食業界の役に立てるなら、もってこいです。また、私の実家は曾祖父が立ち上げた米穀店を代々営んでおり、祖父の頃に商売がうまくいかなくなって苦労したことを大人になってから聞きました。もしもその当時、自分が弁護士として助けられたなら、きっと祖父は喜んでくれたはず。米穀店もいってみれば食べ物つながりの商売ですから、私の飲食業界特化は必然だったのかもしれません。

修習後に入所した横浜の法律事務所で、兄弁が“IT×弁護士”とセグメントして成功した弁護士だったことに影響を受け、弁護士2年目の2013年頃から飲食業界にフォーカスし、“フードローヤー”を名乗り始めました。事務所は個人案件の受任を自由にさせてくれたので、自身のクライアントをその頃から増やすことができました。約10年勤めて独立し、法律事務所フードロイヤーズを設立したのが22年2月10日。“フードの日”で語呂がよく、絶対にこの日にと、固く決意してのことです。

これに先駆け、19年12月1日には川崎市で焼き肉店を開店。飲食業のクライアントと日々やりとりするなか、自分も当事者として店舗経営をしておかないと、お客さまの“困った”が理解できないという悩みがずっとあったので、長年の思いを実現したかたちです。

弁護士・社会保険労務士 石﨑 冬貴
石﨑弁護士は焼き肉店を経営。顧客理解が深まり、飲食経営者仲間としての信頼感が得られる

飲食業界と弁護士の接点づくり

現在、クライアントの8割以上が飲食業関連です。大手外食企業から中小個店まで、様々な規模の企業・個人オーナーと顧問契約を結んでいます。業種も、イタリアンレストラン、ラーメン店、居酒屋、バーなど多岐にわたります。主な業務は、労務問題、賃貸借紛争、クレーマー対策などの顧客対応、商標関連で、クライアントの規模によって、社外役員や公益通報窓口、社内研修講師などのコンプライアンス対応も行います。近年は、新型コロナ禍で支給された時短協力金をめぐる自治体とのトラブルが増加しており、これについては弁護団を組んで対応するなどしています。

日頃痛感しているのは、問題が生じた時、飲食業オーナーが頼りにするのは、まず税理士や社会保険労務士であること。即、「弁護士に」というケースは少ないと感じます。そのハードルを下げる一助になればと、情報交換や士業連携による飲食業の支援強化を行う「一般社団法人フードビジネスロイヤーズ協会(FBLA)」を立ち上げました。士業同士のつながりを深めつつ、飲食業界の方が“気軽に、かつ当たり前に弁護士に相談できる環境”づくりにも注力しています。

“飲食法務”の確立を使命に

近年、大手外食チェーンなどのコンプライアンス意識の低さやレピュテーションリスクへの危機感の低さが問題となっています。法務部員が1人という飲食系上場企業もあって、「ガバナンス、コンプライアンス、権利関係の整理など、とても対応しきれない」という話も聞きます。そうした問題を解消していくには、飲食業界と弁護士をもっと近づけていく必要がある。そのために私は、ベンチャー法務や医療法務と同様、“飲食法務”という分野を確立したいと考えています。飲食業界の方に、弁護士をもっと身近な存在に感じてもらうためのエヴァンジェリスト役を果たしたいのです。

そのため様々な飲食関連の業界団体にこまめに顔を出し、弁護士会に働きかけ、FBLAの協会活動も行う。飲食業の方には、「相談があればお越しください」ではなく、フットワークよく動き、自分から店舗に出向くことを大切にしています。

顧問先からの相談電話は、閉店後の夜にかかってくることもあります。その多くは、少し話せば即解決できるような内容がほとんどです。常にタイムリー、クリティカル、ピンポイントの回答を心がけ、100点満点の正解ではなくてもその場で解決策を提示することを心がけています。ただし「まだ60点の回答です。もっと確度を高めたければ、調べる時間をください」とお伝えしたうえで。この業界は、そうしたクライアントとの綱引き、コミュニケーションがとても重要なのです。

当事務所では「24時間、回数無制限で無料相談可能」な顧問契約を用意しており、最もリーズナブルなプランで月額3万円。相談は電話やSNSツールなどを利用します。そして顧問契約を結ぶ場合、基本的には直接お訪ねし、自分の目で店舗や周辺環境などの様子を確かめるようにしています。また、完全成功報酬制の「ドタキャン回収(予約客の無断キャンセル対応)サービス」も私が最初の発案者だったと思います。そのように、価格も内容も飲食店に喜ばれるサービスを開発し、展開していけば、弁護士の仕事として成り立ちますし、飲食業側の「弁護士に頼むと高い。面倒くさい」という誤解も解けるはず。既成概念を壊し、ミスマッチをなくし、“新市場を切り拓くことが必ずできる”と信じています。

飲食店によっては、ファクスもパソコンもなく、連絡手段は電話のみ、営業時間もまちまち。24時間体制で臨まねばならない大変さはあります。“飲食専門”を掲げた当初は、同業者からも飲食業界からも「それで食っていけるの?」と心配されました(笑)。しかし、それでもなぜやるかといえば、「飲食業が大好きだから」。弁護士として業務を行っていると、基本的には、依頼者がいて、相手方がいるわけで、両方が完全に満足することは、まずありません。また、紛争の大きさ、すなわち“不幸の大きさ”で報酬が変わるということもあり、弁護士業とは因果な仕事だと思うことも多々あります。それに比べると、飲食業界はかかわるすべてのステークホルダーがハッピーになれる業界だと思うのです。たとえつらいことがあっても、お店に行けば、美味しいものを食べてスッキリして「また明日頑張ろう!」と思えるし、店側は、得意な料理とサービスを提供して利益を出せる。みんなが笑顔になれるこの業界を支援することで、弁護士である私もハッピーになれる。それが、飲食業界を支援しようと考えた一番の理由です。

飲食業界はよく、3Kがはびこる職場といわれます。実際、過重労働や平均所得の低さ、労働環境など問題がある店舗もあるでしょう。しかし、今後、AIなどITの技術が発達しても、未来永劫、きっと存在し続ける素晴らしい業界であることは間違いない。ですから“ルールのかたまり”のような私たち弁護士が、「きちんとルールを守りましょう。適法にビジネスしましょう」と飲食業界に働きかけ続けることで、産業全体における飲食業界のプレゼンスを上げていく。そして、飲食業界をなりたい職業ナンバーワンにする――それが私の使命です。

さらに、その先の目標としては、農業や漁業などの第一次産業もフォローし、“食”の商流すべてをサポートしていきたいと思っています。

※取材に関しては撮影時のみマスクを外していただきました。

弁護士・社会保険労務士 石﨑 冬貴
自著『なぜ、飲食店は一年でつぶれるのか?』(旭屋出版)は、飲食店経営者が陥りがちな、賃貸借契約や労務などのトラブルを、事前回避するために役立つ一冊