Vol.79
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日本の法務本部は100名弱の陣容。コーポレート担当と、事業分野ごとに設置した担当に分けられる

日本の法務本部は100名弱の陣容。コーポレート担当と、事業分野ごとに設置した担当に分けられる

THE LEGAL DEPARTMENT

#116

株式会社日立製作所 法務本部

ネゴシエーターとして必ず結果を約束する、日本法務に特化した理想のチームを構築中

プレゼンスを高めるための原点回帰

IT、エネルギー、インダストリー、モビリティ、ライフ、オートモティブシステムの6つの分野において、「社会インフラをDXする、社会イノベーション事業のグローバルリーダー」を目指す株式会社日立製作所。世界各国の拠点に所属する従業員約37万人の過半数が海外で、国、地域をまたいで事業を展開する。チーフリーガルオフィサー(CLO)兼ゼネラルカウンセル(GC)の児玉康平執行役常務に、同社法務本部の使命と目指すべき未来の姿を聞いた。

「当本部のミッションは、社業を成功に導くパートナーとして、経営に貢献すること。そのためにメンバー一人ひとりが真の“ネゴシエーター”となること。これが、私たちのチームが目指すべきかたちです」

児玉氏は1990年代に、インハウスローヤーとして法務部門から初めての海外出向を会社に直訴して実行した人物。

「14年間のアメリカ勤務を経て帰国し、“日本企業らしい法務”に携わってきたメンバーや弁護士と話していた時、『日本の法教育はオールオアナッシングだ』と、改めて気づきました。それは100点満点を取るためにリスクを取らないという考え方。例えば『リスクがあるから、契約書のこの条項は削ってください』と進言するだけなら法務の存在は不要です。契約交渉では、落としどころが20点、50点、70点など様々あるもの。“ゼロイチ”ではなく、例えば落としどころは60点でも、プロジェクト自体の到達点は高まるというソリューションを出せる人が望ましい。つまりリスクテイキングのアイデアを豊富に出せる人材が真のネゴシエーターになれるのです」

児玉氏の言うネゴシエーターとは、「頭のなかにすべての法務知識を詰め込み、ビジネスを深く理解し、それをもって丁々発止の契約交渉を現場でできる人材。結果、事業ラインからの信頼が厚く、『交渉に一緒に来てくれ』と声がかかる人材」とのこと。その育成のために同本部では2つの“原点回帰”と呼ぶ取り組みを進めている。

「1つ目は、基本的にM&A以外は、我々法務本部スタッフは海外案件にしばらく手を出さず、日本法務のエクスパティーズをもう一度全員で見直し、日本法務のエキスパートになろうということ。2つ目は、国内の契約に精通し、多様なリスクテイキングができるようになるということ。すなわちチームメンバーに要求するのは、日本法務に特化せよということ。こうしたドラスティックなアプローチは、多くの企業が目指すグローバル法務とは逆行するかもしれません。しかし、どんなに優秀な法務メンバー・弁護士でも、現地法に精通する現地ローヤーには敵いません。逆にいえば、日本法に精通した日本の法務メンバーならば、『日本の案件は自分たちに任せろ』と言える。ゆえに中途半端に海外案件にこだわらず、今一度、日本法・国内法務周りを徹底しようと伝えています。日本の市場は高齢化が進み、シュリンクすることが見込まれます。日本企業は、グローバル市場でこれまで以上の熾烈な戦いを迫られるでしょう。その時に、中途半端なやり方で法務が仕事をしていてはマイナス要因になりかねない。知ったかぶりは絶対にしてはいけないことだし、ジュリスディクションの違うところで勝負すべきではない。日本企業の法務・法務部は、実はそこに鈍感だと私は感じています。ですからグローバリズムを加速化するには、まずは“自国のプロに立ち返ること”が大切だと考えるのです」

国内に限らず、世界の各拠点でも同様の施策を取る。海外の各拠点にGCを置き、児玉氏がCLOとして彼らを束ねるかたちだ。

「2021年7月、米国のグローバルロジック社を、当社として過去最大規模の金額で買収しました。同社のデジタル技術は当社事業とのシナジーが高いと判断して行ったものですが、従来のように日本に軸足を置いて海外進出する“輸出型”ではなく、現地でのマネジメントを強化します。世界中にこのやり方を可能とする拠点があり、各国法に精通した現地法務チームおよびGCを置いています。また、新たな中期経営計画が発表されるタイミングに合わせて正式にレポートラインを整理し、世界中で起きる法務イシューを、CLOである私が常に把握し、グローバルマネジメントできる体制が整いつつあります」

株式会社日立製作所
新型コロナ禍による在宅勤務によってOJTでの教育が難しくなっているため、現在では、オンラインやリーガルテックなどを活用した部門内の研修・教育を強化している(取材当日は、特別に参集いただいた)

効果的な教育環境のさらなる整備に尽力

ネゴシエーター育成を目指し、教育体制の強化を進める同本部。

「トレーニングプログラムやナレッジシェアリングなど、システマティックな教育の場を提供しようと考えていたところ、新型コロナ禍でリモートワークとなり、その動きが一気に加速しました。本人の意思次第で必要なリソースに自在にアクセスできる環境を、リーガルテックなどのツールも用いて整備しました。自らの意思で勉強することはもちろん大切ですが、やはりそれを後押しする環境づくりは組織の責任です。今後も強力に推し進めていきます」

リモートワークが常態化した20年から、マネージャー以上のメンバーが若手メンバーに対して行うWeb講義形式での教育を早々にスタート。IT取引やM&Aに関する契約など、教育資料となるデータと動画を部門内の情報共有サイトにアップロードし、いつでも閲覧・視聴可能としている。また「若手法務研究会」として、改正独禁法、AI倫理、電子契約などのテーマで発表・ディスカッションする場も月1回設けている。

「加えて、第一線で活躍する弁護士や、私自身が尊敬する弁護士を招き、“寺子屋”形式での勉強会も行っています。中心は法律の勉強ではなく、人間教育の観点からの講話などです。法科大学院の教授にも来ていただき、ざっくばらんな質疑応答などを行っています。そうした“人から人へのアクティブな教育システム”も、確実に動かしています。なぜこのように、トレーニングやナレッジシェアリングのみならず、人間教育のようなことまで行うのか――それは、当社の法務本部で働くメンバーが、充実した教育を受けて一人前の法務部員となることはもちろん、小さな世界・小さな器で内向きに仕事をするのではなく、『社外でも通用する能力やリーガルマインドを身につけたい!』と考える動機づけにしてほしいからです」

  • 株式会社日立製作所
    エネルギー事業(パワーグリッドビジネスユニット)、HVDC(High Voltage Direct Current:高圧直流送電)のバルブホール(変換施設)
  • 株式会社日立製作所
    モビリティ事業(鉄道ビジネスユニット)、英国都市間高速鉄道計画(IEP)向け車両Class 800

法務や法曹の今後を支えていく人材に

日本法特化を通じて、「この方法で当社が成功例を示すことができれば、日本の企業法務や法曹界にも一石を投じることができると思っています」と言う児玉氏。

「海外勤務を経験し、世界から見ると日本の法務のプレゼンスが低下したと感じる時期がありました。私は、当社のみならず、企業法務、弁護士含めて“オールジャパン”の心意気で立ち向かわないと、グローバルのビジネスシーンで日本企業が勝てなくなってしまうという危機感を抱いてきました。そうさせないためには、まず法務本部のありようを変えることが必要です。オールジャパンでグローバル市場を勝ち進んでいくために、私たちが成功例をつくっていきたい。そんな思いで果敢な挑戦を続ける日々です」

児玉氏に、法務本部をどのような組織にしたいかうかがった。

「皆が同じ方向を向いて進むチームでなくていいと思っています。それぞれベクトルの方向が異なる“乱反射”な組織であっていいと。ただ、どんな方向であれ、パッションを持ち続けられる人の集まりでありたい。10年先の未来はある程度読めても、20年先の未来までは読めません。それを前提とすれば、私自身がそうであったように、今はマイノリティで“乱反射”を発する人材が、いつか生かされる時代が来る可能性は大いにあると考えています。パッションをもってガツガツと、燃え尽きるほどの仕事がしたい! そんなふうに思える仲間と一緒に働きたいですね」

※取材に際しては撮影時のみマスクを外していただきました。