今後、信託銀行は、どのような課題に直面していくと考えられるのか、内田氏に聞いた。
「各事業部門で、様々な課題を抱えています。例えばリテール部門なら、超高齢社会への対応です。特に信託銀行のお客さまは高齢の方が多く、なかには認知症を患っている方もいらっしゃいますが、そういったお客さまに対してどういうサービスが提供できるかという問題は、無視できないものがあります。また、受託財産事業では、資産運用と管理機能の底上げとグローバル化を進めるべく、積極的なM&Aの必要性が高まっています。合従連衡を広げ、日本を代表する資産運用・管理会社をつくり上げるうえで、信託銀行を切り離すことはできません。さらに、法人事業においてはESG対応の分野で、再生エネルギーファンドの組成や小口化販売に携わるケースが増えています。特に信託法の改正によって信託財産の制限が緩和され、様々な対象物を信託できるようになりました。そのなかで、何ができて何ができないのかを見極めるうえでも、法務の重要性が一層高まっているのです」
社会構造が変化するなか、信託銀行が担う役割は多様化しており、それに伴って法務に求められる役割も、人材需要も、高まっている。では、同部ではどのような法務人材が活躍できるのか。
「法務スキルを有することは前提として、求められるのは、何よりもコミュニケーション力と、現場での対応力です。法律面に照らし合わせてどうかという点をしっかり説明できるのは当たり前として、例えば現場が推進しようとしているプロジェクトの中身を精査し、法的問題点を見抜き、しっかりと止めるべき時は止める。なおかつ、無駄な対立を引き起こすことなく、相手にきちんと事情を説明し、納得してもらえるよう説得する。このような能力を兼ね備えている法務人材が、当部の仕事に適していると思います」
また、前述の買収案件のとおり、同社では、海外で手がける資産運用・管理業務の拡大をにらんでいる。
「事業部では、海外駐在で日本人が海外拠点に配置されており、その人たちを通じて、日本語での一定程度の意思疎通は行えます。しかし、日本語に精通していない現地社員にも法務からのメッセージを正しく伝える必要があるため、現地の法務セクションに対しては、東京にいる私たち法務部がダイレクトカンバセーションで情報伝達しています。特に、海外における受託財産事業の拡大を鑑みると、英文契約書はもとより、会議での英会話力は、今後ますます求められていくでしょう」(内田氏)
「とはいえ、英語が必要な社内会議では、AI翻訳機能を活用するメンバーもいます。また、誰でも受講できる当社の英語学習プログラムを受講するメンバーも。意欲さえあれば、英語力を向上できる機会やツールがたくさんあるので、メンバーにはぜひ活用してほしいと伝えています」(赤尾氏)
兼務など実務経験によって得てきた法務の知見は、DX推進のもと、リーガルテックなどを活用して蓄積している。そのナレッジを適切な場面で事業部と共有するといったナレッジマネジメントが、部の独立から5年目で徐々に機能し始めている。
「そうしたなか、私がメンバーに期待するのは“クライアントから感謝される存在になる”ことです。私たちの第一のクライアントは事業部のメンバー。彼らがプロジェクトを進めるにあたり、法務部の知見が役に立ったと思ってくれて、感謝してもらえることが、モチベーションの源泉です。また、テレワークが当たり前になった今、部内のメンバーがお互いに、当社が掲げる『Thanks and Praise』(日常業務で誰かにしてもらったことに対して率直に感謝の意を表する)を、伝えていける風土であり続けたいですね」(内田氏)
また、「経営に寄り添い、事業の方向性を助言できる経営法務人材を育成していきたい」と語る内田氏。信託銀行の法務部には、未開拓の余地が、まだたくさんある。エキサイティングな仕事との出合いが期待できそうだ。