〝戦略立案力と実行力〟を示す具体例として、生成AI活用の取り組みが挙げられる。平林杏梨氏は、そのプロセスを次のように語る。
「23年4月、社員専用生成AI環境『Uni Chat』を開発・導入する方針が決まりました。これに先立ちDX推進本部と連携のうえ、法務部主導で一般公開版Chat GTPの業務利用に関するルール整備に取り組みました。生成AIの基礎知識、契約の注意事項、秘密情報・個人情報・著作権などの論点を整理し、社内に発信することで、リテラシーの向上を図りました。Uni Chat導入時には、和文・英文の利用条件を策定。国内外展開を前提に、リスクと実用性のバランスを考慮した利用条件になるよう注力しました」
第2段階では、部門専用AIの開発にあたり、法務部自らが〝パイロット部門〟として名乗りを上げた。日々寄せられる初歩的な問い合わせが業務を圧迫していたため、過去の質問データを活用し、簡易な法務相談に限定した生成AIの実装を決定。学習用データのクレンジングやマスキングを丁寧に行い、データ整備ルールも策定し、PoC段階で正答率90%超、問い合わせ件数は最大97%削減。わずか2カ月で、人事総務、経理財務、情報システム部門など他部門への横展開も実現している。
「法務部では〝いつでも・どこでも・だれでも、必要な時に法務情報へアクセスできる〟環境づくりを目指し、今後も対応範囲の拡大と精度向上に取り組んでいきます」(平林氏)
最終段階では、DX推進本部、知的財産本部、情報セキュリティ委員会と連携し、生成AI全般に関する社内ガイドラインを策定・発信。画像生成AIの導入に向けた条件見直しや、業務委託先によるAI活用など新たな課題への対応も進めている。
もう一つの例は、紛争・インシデント対応だ。同社が業務基盤として利用していた海外クラウドサービス運営企業から、突然契約解除の申し出を受けたことがある。提示された期限内では次期クラウドへの移行が間に合わず、業務停止のリスクが生じるうえ、そもそも移行には相手企業の技術的協力が不可欠。そこで法務部はDX推進部門などと連携して、延長交渉と移行支援、投資済みコストに対する求償も並行して進めた。最終的に相応な賠償金を確保し、業務停止を回避しながらシステム移行を完了。平林氏は、「相手企業の協力を引き出しつつ、損害賠償も求める難易度の高い交渉でしたが、法務部が前線に立ち、無事に合意に至りました。公にはならない、法務の重要な役割を果たせた案件でした」と振り返る。こうしたインシデント対応においても、〝戦略立案力と実行力〟を実行できるのが同部の底力といえるだろう。