――幅広い業種・業界の企業が参加していますが、入会企業・会員の傾向はありますか。
大槻:〝伝統的な法務部〟を有している、売り上げ規模5000億円くらいまでの企業の参加が多いですね。そうした企業は法務部の規模が大きく、法務部員が多数所属していますが、特に若手法務部員の教育の場として当会が活用されている印象です。もちろん新入社員・若手に限らず、中堅、管理職、役員レベルまで幅広い層の方々が活動に参画しています。
小林:最近は、大阪や名古屋といったエリアからの参加も増えています。当社もそうですが、経営法友会などほかの組織と重複して入会しているケースは多いですね。
――INCAの組織としての特徴を教えてください。
大槻:当会は、比較的規模の小さな協会であるため、会員同士が〝お互いの顔を把握できる組織づくり〟を目指してきました。セミナーならば、座学ではなく講師と参加者がコミュニケーションできるものを心がけ、各季節の懇親パーティなど気軽に参加できるイベントも開催して、〝人と人とのつながり〟を大切にしています。また、法律知識系のセミナーだけではなく、ソフトスキルや法律の周辺分野であるサイバーセキュリティの問題、地政学上の問題などをテーマとした研修を数多く実施しています。こうした機会を通じて、INCAの会員は〝新しい発想〟や、「得たアイデアを自社に戻ってどう役立てるか」といった実践的な気づきを得ているようです。
小林:INCAは、リーガルという共通のバックグラウンドを持つプロフェッショナルが集まり、いわば〝手弁当の精神〟で運営していることも特徴です。主体的に行動できるメンバーの集まりだからこそ、自らの力で会の運営ができています。そんな人たちが集って互いに切磋琢磨したり、〝サードプレイス〟としてリラックスして話したり。そのバランスが絶妙な組織といえるでしょう。心理的安全性も高いので、日頃は周囲に言いにくい仕事に関する悩みなどを相談し合うといったことも。INCAが、なくてはならない場になっている会員も多いようです。
大槻:幅広い層の法務部員が参加していることで、〝開かれた人脈づくり〟にも貢献できていると自負しています。
――月例会、会社法研究会などの研究部会といった様々な活動のうち、好評なものを教えてください。
小林:まずは「INCAアカデミー」です。若手法務部員を対象として、M&Aや競争法、知的財産など法分野別の実務的なカリキュラムや、先輩の経験談を聞き、〝法務部員としての心構えや考え方について自ら考える〟といったプログラムを用意しています。若手法務部員のスキルの底上げと、仲間づくりに役立っています。
――具体的にはどのようなことを学ぶのでしょうか。
小林:今の時代は、〝リーガルの知識〟だけなら生成AIのほうが優れています。そうした環境下で我々にできることは何かといえば、やはりヒューマンスキルの発揮です。そのために、交渉の進め方や事業部との付き合い方、社内での承認の取り方といったことを、様々な企業の法務の先輩たちから学んでいます。異業種の若手同士でいろんな話ができる貴重な機会です。当社の法務部員も数名が受講していますが、毎回、刺激を受けて帰ってきます。
大槻:「INCAアカデミー」は、4月に始まり、翌年の3月まで1年間を通して受講します。単発ではないので、参加者(1期、約20名)同士の親交は、やはり深まりますね。アカデミーを卒業した会員たちが、再び集まって交流する場も開催しています。
――「WIL(Women in Legal)」というユニークな活動もありますね。
大槻:LGBTQ+をはじめとする多様性への関心が高まるなか、企業法務の現場においても女性の活躍が年々増えていることから、社会情勢を先取りするかたちで19年から始めた取り組みです。法務部に勤務する女性社員のキャリアパスや職場での立ち位置などについて、どのように向き合いサポートしていくべきかといった疑問が、INCAで提起されたことが発端となりました。特に、マネジメント層の意識改革――〝気がついていないことに気づいてもらう〟ことを目指し、年に数回、有識者を招いたセミナーをひらいています。「女性法務部員がさらに活躍できる社会を、みんなで目指そう!」という発想です。
小林:「WIL」の活動に影響を受け、月例会でも「アンコンシャスバイアスとマイクロアグレッション」という研修が、開催されました。
――小林さんは昨年、「夏季研修部会」を担当していたと聞きました。
小林:日々の業務に追われがちな法務部員が、泊まりがけで情報共有することで、日常を少し離れて中長期的なキャリア設計などを考えていこうという趣旨で開催しています。専門家を招き、〝アカデミックな観点から見た法実務と日常的な法実務〟についてみんなで議論したり、若手とベテランの混合チームで〝模擬交渉〟を行い、反省会をしたり。会員の人気が高い研修です。
――会員同士の交流の際に、「他社に情報が知られてしまうのでは」といった心配はないのでしょうか。
大槻:私たちは全員法務担当ですし、当然ながら話していい範囲での情報交換のルールを遵守しています。
小林:自社のグッドプラクティスやリーガルのオペレーションツールの活用方法について、また「予算を取る時はどうしているか?」「ヘッドカウントを増やす際、マネジメントにどのような説明の仕方が効果的か?」「法律事務所との上手な付き合い方は?」といった話題が多いですね。各社、悩みや困り事はけっこう似ていますので、その共有と対処法をアドバイスし合うといったかたちです。
――そのように、法務部員としての悩みや困り事を安心して打ち明けられる場であり、ソフトスキルの向上によって〝日本の法務部の底上げ〟を目指すことが、皆さんの目標であるとか。
小林:そうですね。ちょっと脱線する話になりますが……私はINCAの会員は、よい意味で少し特殊だと思っています。〝前に出る姿勢〟や〝交渉力〟に長けている人が多いのです。まだまだ法務部は、前面で目立つことを避け、経営から見えにくい存在だと思っています。また、「企業内法務というやりがいのある仕事を世の中にもっと知ってもらい、魅力的にするために、法務の地位を向上させるために、私たちは何をしていくべきか」を常に考え、行動に移せる会員がそろっています。従来の法務は、〝書面上で何をするか(できるか)〟に価値が置かれていましたが、先ほども話したとおり、それは生成AIが圧倒的に優秀で最も得意とする分野です。私たち人間にしかできないことは何かと考えると、いわゆる〝感情労働〟にフォーカスしていくことになるのではないか、と。営業担当とともにお客さまのところへ商談に行ったり、相談して良かったと感謝されたり。ダイバーシティ&インクルージョン、ESGやSDGs、サイバーセキュリティ、リスクマネジメントなど、〝誰も手をつけていなかった分野〟の解決に法務部が挑戦し、プレゼンスを発揮していくこと――その重要性を理解している会員が、INCAには本当に多くの人材が集っていると思います。
大槻:小林さんが言うように、これからの法務部は法律業務に特化するだけでは生き延びられないのかもしれません。私はアメリカの法律事務所でキャリアをスタートさせましたが、そこではお客さまの契約書作成や訴訟だけでなく、「ビジネスをどう進めるべきか」という相談をよく受けました。そのためには法律の知識だけでなく、投資、会計、文化、最先端ビジネスなどに関する知識も必要です。法務部も同じで、従来の〝法律だけ〟の世界から抜け出して、幅広いビジネスの知識を身につけていく必要があると思っています。その準備をしておかないと、お客さまとの交渉にあたる際、全否定か、または全肯定のような回答しか出せなくなる。自社のビジネスの成功を見据えて、最善のアイデアを導き出し、果敢に行動できる人材を、この会を通じて増やしていきたいです。
小林:多くの日本企業には経営企画的な部署がありますが、そこが我々外資系企業の人間がイメージする〝法務の仕事〟を担っていると思います。リスクマネジメント、投資、M&Aなどをどのように進めるべきかを決めて、法令上問題ないかを確認するコンプライアンス業務までを、法務部が担っていくべきだと考えます。外資系企業では、そういった経営企画が担う仕事はすべて法務部が担当しています。多くの日本企業の法務部は、そこまでの役目を果たせていないのは非常にもったいないです。経営などに対して、これから求められる法務部の姿・プレゼンスを示していく――当会で、そのための支援も行っていきたいと思います。